ましたからぼくは大川さんと同行はしませんでした。人が借金を返してもらうのに同行してもはじまりませんからね。そういうわけで、あの奥さんの流儀で借金とりもゆすりというなら、これもゆすりかも知れませんが、大川さんは人をゆするような人ではないのです」
彼の証言は意外なものであった。
「他に誰かゆすっていたような様子はありませんでしたか」
「そうですね。株ですった金だけでも何億でしょうから一千万ぐらいは右から左へどうにかなってもハタから分りゃしませんね。ゆすられるような秘密は他人には知ることができないからゆすりの種にもなるわけで、そういう私生活の方面のことは見当がつきませんね」
「息子の浩之介という人はどれぐらいの資金をもらったのですか」
「ちょッとした山林ですよ。時期がよかったからすぐ二三千万の金になったようですが、高利貸しをはじめてからはたちまちダメになる一方でしたね」
「乃田家の財産は現在どのぐらいあるのですか」
「今ではスッカラカンですよ。今度売れた千八百万のほかにはその半分も値のなさそうなのが一ツ二ツで、あとはあの家屋敷だけです。むしろ骨董品にいくらかあるかも知れませんが、実はめぼしい物はもう大方売ってしまったようです。その方にはぼくらはタッチしませんから知りません」
今井の言葉はまるで犯人が乃田家の者だときめてるような口ぶりであった。あげくには、
「大川さんの奥さんがいま熱海におられるというお話でしたから、大川さんの熱海旅行の目的等についてきいてごらんなさい」
そこで大川夫人にききただしてみると、この旅行は株券を買うためではなくて借金を返してもらう目的であったということがハッキリした。
「家屋敷の抵当があることですから借金返済を催促したようなこともなかったのですが、また、むしろそんなわけですから百万円だけうけとるわけがないように思えましてね。奇妙なことだと思っておりましたのです」
「御主人は今井さんとずッと懇意にしておられたのですか」
「今ではお勤め先もちがっておりますし年齢のひらきもありますので、乃田さま以外のことではあまり交渉もなかったようです」
ところが東京からの報告によると今井の申し立てたアリバイはきわめてアイマイだ。新宿の飲み屋でもそういう常連はなく心当りがないような話で、彼の申立てを証明したのは女房だけだ。夜中の十二時ごろ戻ってきてそのまま正体なく翌朝おそくまで寝こんでいたというだけだ。
翌る朝刊の辻の記事では浩之介も今井もそれぞれアリバイが不明確でその裏附け捜査が行われている、ということが伝えられていたが、また浩之介と奥さんの共犯の線もでていると書かれていた。たのみになるのがメクラ一人の証言だから特ダネを握って颯爽と出発した辻も早くも捜査難航、キメ手がないと訴えている有様であった。
*
奥さんがゆすりのこととなると相変らず断然ゆすられた覚えがない、それはメクラの空耳だと言いはるものだから、オツネはやるせない思いで暮さなければならなかった。
「これもみんな辻さんの罪ですよ」
と恨むものだから、辻もせつない。
「いまに真相をつかんで君の顔をたててやるからな」
と云ってはいるが心はうかない。本社からはこの特種を生かすために応援の記者を送ってよこしたが、こうなると支社と本社の記者同士で功名を争う気持になるから、面子にかけてもという気魄だけが悲愴になりすぎて毎日酒をのまずにいられない気持だ。
今井については本社で東京を洗っていて依然アリバイは不明確だが、熱海でその時刻前後に彼を見たという積極的なものがでてこないからどうすることもできないのだ。焼跡からは彼の遺留品もでてこなかったが、とにかく当夜大川が大金をうけとっていることを知っていたのは今井だ。ところが乃田家の金庫を調べてみると現金が、二百五十万ほどと、鉱山を売買した翌日の預金が五百万、焼けたのを合わせて八百五十万ほどだ。九百万のうちこれだけ残っているのだから、今井の犯行にしては奇妙である。むしろ大川の借金取り立てが不成立に終ったと見なければならぬ。
すると窓の外から戸をたたいてゆすっていたのは大川当人であったかも知れない。その場合に犯人は奥さんであり、あるいは浩之介共犯説も考えられるわけだ。
するとある日、浩之介に使われていた夜学生の小僧が辻を訪ねてきて、
「辻さん。ぼくは薄気味わるくってあのウチを逃げだしたんですがね。ぼくの話が役に立ったら就職世話してくれますか」
「新聞社というわけにはいかないかも知れないが、役に立つ話なら今の何倍もいい会社なり商店へ世話するぜ。どんな話だ」
「ゆうべのことなんですよ。夜中の十二時なんです。庭番の爺さんがそっと庭の方へでて行く姿を見たから、怖い物見たさでぼくそッとつけたんですよ。するとね、ぐ
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