ズ弁の靴で歩いていた。つまり犯人はグズ弁の靴をはいて人殺しをやったのである。少数の素足の足跡もグズ弁のものであった。これはグズ弁が現場を発見したときの足跡である。どっちもグズ弁のものでは、どうにも仕様がなかったのである。
フシギといえば、グズ弁の衣服が血を浴びていないことぐらいで、現場の様子から判断すれば相当に血を浴びていなければならない。ところが彼の洋服や外套にも、また屋根裏へ脱ぎすてたユカタにも、血を浴びた跡がなかった。
真冬にハダカで人殺しにでかけるのは珍しい例だ。血を浴びた裸体を氷のような冷水で洗い落すというのも相当の難作業である。しかし、人殺しという作業の重大さに比べれば真冬に冷水をあびるぐらいはさしたることではない。寒詣りの人々は現に真冬の深夜に水を浴びているではないか。
彼は一審で死刑の判決をうけた。
★
そのころ、赤線区域の某所でチヨ子という名で働きはじめた女があった。
ちょッとしたスタイルと美貌で、相当の客がつくようになったが、彼女はニヤニヤ笑いながら人々にこんなことを云った。
「私がこんなところで働くのは、当分身を隠す必要があるから
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