と、そのとき、誰かが来たのをグズ弁は思いだした。
もうカンバンにしたから、と下の婆さんがコトワリを云いにでたようだ。けれども、もつれているようなので、ミヤ子が立って、
「ちょッと見てくるわね」
「右平だな」
「ちがうでしょ」
「カンバンにしとけよ」
「ええ、そうするわ」
ミヤ子は屋根裏から降りた。まもなく下は静かになり、ミヤ子は戻ってきた。
右平ではなかったな、とグズ弁は思った。右平なら、金廻りがよいから、カンバンにしたあとでも、店をあけて飲ませる。泊りのお客を屋根裏へあげたあとでも、右平には飲ませるのが普通で、その間は屋根裏のお客は放ッぽらかしにされている。グズ弁はそういう扱いをうけたのが口惜しくて、自分もわざとカンバンすぎを狙ってムリを云ったら、やっぱり飲ませてくれた。それで気をよくしたようなこともあったのである。
だから、昨晩のような不景気なときなら、第一、下の夫婦がグズグズしてやしない。すぐと右平を店内へ入れて、ミヤ子をよんで、酌をさせるにきまってるのだ。だから、たぶん、右平ではなかったはずだ。グズ弁はそんなことを次第に思いだした。
グズ弁はノドが焼けつくように乾いて
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