と、そのとき、誰かが来たのをグズ弁は思いだした。
 もうカンバンにしたから、と下の婆さんがコトワリを云いにでたようだ。けれども、もつれているようなので、ミヤ子が立って、
「ちょッと見てくるわね」
「右平だな」
「ちがうでしょ」
「カンバンにしとけよ」
「ええ、そうするわ」
 ミヤ子は屋根裏から降りた。まもなく下は静かになり、ミヤ子は戻ってきた。
 右平ではなかったな、とグズ弁は思った。右平なら、金廻りがよいから、カンバンにしたあとでも、店をあけて飲ませる。泊りのお客を屋根裏へあげたあとでも、右平には飲ませるのが普通で、その間は屋根裏のお客は放ッぽらかしにされている。グズ弁はそういう扱いをうけたのが口惜しくて、自分もわざとカンバンすぎを狙ってムリを云ったら、やっぱり飲ませてくれた。それで気をよくしたようなこともあったのである。
 だから、昨晩のような不景気なときなら、第一、下の夫婦がグズグズしてやしない。すぐと右平を店内へ入れて、ミヤ子をよんで、酌をさせるにきまってるのだ。だから、たぶん、右平ではなかったはずだ。グズ弁はそんなことを次第に思いだした。
 グズ弁はノドが焼けつくように乾いて
前へ 次へ
全28ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング