はスパナーを手にとって、ジッと見ていたが、次第に目が光った。そして、云った。
「あんた、下の主人を狙っているのね」
「バカ。オレは人を狙うようなグレン隊と違うんだ。ちかごろ物騒だから、用心のために持って歩いてるのだ」
「フン。私も考えていたわ。誰かが下の主人を狙うと思っていたの。どうせここの常連はタダモノじゃアないからね。第一、下の人は握りすぎてるよ。貸し売りせずにこの商売をやりぬくつもりなんですもの。そして、本当にやりぬいてるものね。私にムリにやりぬかせるのよ。そのために、私だって、イヤなお客にも変なサービスしなきゃアならないでしょう、しぼるだけしぼって、握りしめてるんだから、それは狙われるのが当り前よ。誰かが狙わなきゃア、おかしいわよ。でもね。まさか、あんたが最初に狙うとは思わなかったわ。人は見かけによらないわね」
「よせやい。オレは立派な会社勤めがあってよ、まともの収入が月々五万以上もある人間なんだ。終戦後、小さいながらも、自分の家というものを建てている人間なんだぜ。ここへ飲みにくるほかの常連とは、はばかりながら種類がちがってらアな。オレがスパナーを持ってるのは、右平の奴がいつ襲
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