、電車やバスなどに乗って勤めにでたり買物にでたりすることはあるが、それはヨソ行きの生活で、その個人生活は全く孤島の中のように暮している人は少くはない。
 そういう一人の例として、たとえばこの物語の女主人公のミヤ子(彼女の孤島的な生活圏内に於てはミヤ公とよばれている)をとりあげてみよう。
 彼女は東京の目貫き通りの一隅の一パイ飲み屋の女中であるが、新聞なぞは読んだことがない。彼女が目をさますのは正午ちかいころで、夕刊の第一版がそろそろではじめる時分であるから、自然朝刊はすでに古新聞で、彼女の生活は時間的に新聞とずれてもいるが、彼女が新聞を読まない理由はそのせいではなくて、単に興味がないせいだ。
 新聞を読んでも自分に関係のある記事がでている筈はなく、そんなものを毎日キチンキチン読まないと生きてる気がしないような人々の生活の方が、彼女にとってはフシギに思われるぐらいであった。
 新聞には彼女に関係のある記事がでる筈がないから、といま述べたけれども、彼女の場合に於ては実は案外そうではないかも知れぬ。
 なるほどサラリーマンにとっては、やれ一万円ベースだの冷い戦争だのと、いかにも自分に密接な関
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