都会の中の孤島
坂口安吾

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)午《ひる》
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 アナタハン島の悲劇はむろん戦争がなければ起らなかった。第一たがいに顔を知り合うこともなく、それぞれが相互に無関係の一生を送ったであろう。
 しかし、アナタハンのような事件そのものは、戦争がなければ起り得ない性質のものではない。
 一人の女をめぐって殺し合うのは、山奥の飯場のようなアナタハンに外見の似た土地柄でなくとも、都会の中でもザラにありうることだ。
 アナタハンには法律も刑事も存在しなかったから、各人の心理は我々とちがって開放的で、そこにおのずから差があった筈だと見るのもうがちすぎているようだ。
 三十人もの集団生活になれば、そこには自然に法律が生れる。お互いの目が、それである。むしろ、三十人といえば、各個人生活のサークル内の人員としては多すぎるぐらいのもので、一般に、我々のサヤ当ての背後に三十人もの目を感じることはなく、せいぜい数人ぐらいというのが都会生活に於てすらも普通であろう。
 都会の真ン中にだって、孤島の中のように生活している人はタクサンいるものだ。彼や彼女らは
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