は早めに店へ現れる常連が自然に気附くことであった。
「ミヤ公に情夫がいるね」
 と主人夫婦にきいても、
「知るもんですか、あの子のことなんか」
 という返事で、ミヤ子の私行についてのみならず、その相手のお客全部についても敵意をいだいているような様子であった。
 この夫婦はみだりに敵に顔を見せてムダな話の一ツもしなければならないハメになることを極度にさけて、もっぱら裏面に於てミヤ子をつついて、冷酷ムザンに敵から金をまきあげることだけ考えているらしかった。
 グズ弁だけがこの夫婦からいくらか人間扱いをうけていた。
 それはグズ弁が彼の休日に(それは日曜日ではない)昼からこの店へ遊びにきて、それがおおむねミヤ子の外出中に当っており、自然に主人夫婦と話をかわすようなことが重ったからでもあるし、まアなんとなく主人夫婦に虫が好かれたと云った方がよいのかも知れぬ。
 もっとも決して親友あつかいを受けはしなかったし、信用を博したわけでもない。仇敵や泥棒、人殺しよりは一ケタぐらい上の方の親しみだけは見せてもらえたという程度であった。
 その結果として、グズ弁には、他の常連よりも深い真相がわかってきた。
 彼はグズ弁とよばれているが、世間並にグズだと思ったら、彼にしてやられるであろう。彼はなるほど目から鼻へぬけるようなところはない。そして、そういう人々にバカにされ易いタイプであった。
 たとえば彼が兵隊生活をしていたとき、目から鼻へぬけるような人物でも官給品の盗難にあう。するとそれを補充するために目をつけるのはグズ弁の所持品で、つまり人々はグズ弁とはしょッちゅう目から鼻へぬける人々のギセイになっている哀れな存在のように思いこんでいるのであった。
 しかし、実際はグズ弁がギセイになることはめッたにない。なぜなら、彼自身がそういうハメになり易いことを生れながらに知っていて自然に防ごうと努めている強烈な本能があるからで、そのオドオドした本能のために一そうグズに見えたけれども、その本能と用心があるために、実際に被害をうけることは殆どなかったし、また被害をうけた場合には、誰一人知らないうちにそれを補充して何食わぬ顔をしている天分があった。誰もその天分を知らなかった。なぜなら、そういうことのできないグズだと思いこんでいたからである。彼はグズだと思われ易いことを活用する本能すらも持っていた。
 それは一見カメレオンの変色本能のように素朴なものに見えるが、人間の場合に於ては実は非常に高級な才能なのかも知れないのである。
 彼はミヤ子に真剣に惚れて、本当に結婚したいと熱望していたので、彼のグズのベールの下の才能は誰にも秘密にめざましく活動しはじめていた。
 そしてミヤ子のホンモノの情夫が誰であるかということすらも、彼がまッさきに突きとめていたのである。

          ★

 半年ぐらい前まで、この店へ時々オデンを食べに来ていたアルバイトの学生があった。酒をのまずにオデンと飯だけしか食べなかったので、長居をすることもなく、常連とのツキアイも起らず、またミヤ子を物にする金すらも持たなかったので誰にも問題にされなかったが、この中井という学生がミヤ子の本当の情夫であった。
 グズ弁は諸般の状況判断や実地偵察等によって、ミヤ子の昼の外出先が中井のアパートであると突きとめたとき、直ちにこれぞ真の大敵であると直覚した。
 なぜなら、中井はアルバイトの学生で、お金を持っている筈がない。そしてミヤ子がお金を持たない男を相手にするということは、それが他の男の場合とは異った、いわば本当の恋愛沙汰であることを物語っていると見たからだ。
 グズ弁はかねてミヤ子の金の使途について疑念をいだいていた。ふじの家の主人夫婦の話によると、
「ミヤ子は食費もいらない、税金も必要がない、そのくせ毎晩のように身体を売っているのだから、どれぐらいお金持だか知れませんよ」
 と云うのであった。着物だのハンドバッグなぞだって、たいがい男が買ってやったものだ。それは主として、右平であったが、グズ弁も負けない気持で、月に一度や二度は着る物とか持ち物なぞ買ってやった。しかし、とても泥棒のように金廻りのよい右平のようにはいかなかった。そして右平とグズ弁の買って与える物だけでミヤ子の衣裳は事足りており、事実ミヤ子は自分の金で何かを買った形跡を殆ど認めることができなかった。
 しかもミヤ子はタンスも持たないのだ。そして男たちの買って与えた着物も季節が変るといつの間にか見えなくなりミヤ子の屋根裏の寝室には万年床のほかには何物も見られなかった。
 ミヤ子はよく寝る女だった。正体もなく、よく眠った。それはその部屋に盗まれて困るものが何一ツないことの証拠でもあろう。
「彼女の本当の部屋がどこかに在るんじゃないかな」
 とグ
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