晩だけで、次の機会に事情が分ると、たいがいそれで再び姿を見せなくなってしまう。
むろんサヤ当てもある。しかし孤島の女王がこうハッキリ金銭で取引きすることを明示しておけば、それは公娼の場合と同じようなもので、事実古顔同士の場合には、公娼におけるマワシのような事実が平穏裡に行われることも珍しいことではなかったのである。
こういう女と知りながら、結婚の初志をひるがえさぬ男がいるのは変った例ではない。恋愛とは、そういうものだ。むしろこのような恋愛の方が真剣であろう。すくなくとも、グズ弁は真剣であった。
多くの情夫が現れては去ったが、最後まで変らずに残ったのは、グズ弁と右平であった。自ら右平と名乗るけれども、たぶん本名ではないだろう。酔っ払うと、わざと、
「ウヘエ!」
と云って、テーブルへ両手をついて平伏してみせたりする。そういう声のつぶれたところや、身のコナシがテキ屋とかそれに類する経歴を匂わせていたが、現在の職業はそれらしくはないし、また定かでない。
しかし、金廻りが大そう良かった。それでたぶん九〇パーセント泥棒という定説を得ていたのである。
この店へくる常連の全部は一度はミヤ子と関係のあった男であるが、一夜の浮気ということで終りをつげて、しかもその一夜は今後に於ても望む時に時々ありうるということで、結局その方が気楽だという常連もあれば、このネエチャンは金がなくてはダメなんだと自然に諦めてしまった者もあり、それらのやや冷静な男たちから見ると、グズ弁と右平の冷静を欠いた対立は、どちらかが一方を殺さなければおさまりそうもないところまで来ているように思われたのである。つまりこの二人がミヤ子を独占したいという気持はヨソ目にもそれだけ強烈なものが見えたのである。
やや冷静な常連の中には、どうもミヤ公の情夫は二人のほかにホンモノがいるんじゃないかな、と思いつく者もあった。
ミヤ公はこの店の女中にすぎない。店の主人は引揚者の夫婦で、この商売に経験もなく、また内心好感をもたないどころか嫌悪の念さえいだいていながら、暮しのために仕方なしにやってるような様子があった。主人夫婦はまったくお客に背を向けて、店のことはミヤ子にまかせッぱなしのような様子でもあった。
ミヤ子は店に寝泊りして、自分の部屋へ平気でお客を泊めた。しかし、午《ひる》すぎにどこへか外出してくることが多く、それ
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