ズ弁は先から考えていた。さもなければ、解釈がつかない。全ての品物はどこへ消えてしまうのだろう。彼女の貯金通帳を握っている陰の誰かが存在するはずだと考えたのである。
かねてこういう疑いをいだいていたから、グズ弁はミヤ子の昼の外出先を突きとめるために異様な執念をもって行動した。そして、それが中井のアパートであることを突きとめると、彼こそミヤ子のホンモノの情夫であるということを一気に理解したのであった。
すると彼は怖しいことに気がついた。
★
ミヤ子はグズ弁が結婚を懇願するたびに、
「そうねえ。あんたは頼りになる人だし、あんたと結婚したいと思うけど、右平さんが同じように熱心でしょう。あんたと一しょになれば、たぶん私たち二人とも右平さんに殺されちゃうわよ。今だって、あんたが邪魔だと思うから、あんたを殺して私を独占しようと考えているらしいもの」
彼女はこう云う。そして、つけ加える。
「あの右平さんさえいなければ、あんたと一しょになれるのにねえ」
そして、アアア、と溜息をもらして見せたりするのであった。
中井の存在が分らぬうちは、この言葉もグズ弁の耳には、まことになつかしく、悲しく、やるせなく、きこえた。だが、中井という存在が分ってみれば、およそこれは人を食った文句ではないか。
ミヤ子は結婚ができない理由として、右平が二人を殺すであろうということと、そうでなくとも右平はグズ弁を消すために狙っているということを強調するのであった。そして溜息をもらして、もしも右平さえ居なければあんたと一しょになれるのに、といかにも切なく云うのであったが、それが彼女のいつものキマリ文句であるところを見れば、恐らく右平が結婚の申込みをするたびに、彼にも同じキマリ文句で返事をしているに相違ない。
さすれば結婚の邪魔者と見てグズ弁を消すために右平がつけ狙っているというのは、右平の意志となる以前に、ミヤ子の意志からでたものでなければならない。
「ミヤ子にとっては、実はオレも右平も邪魔者なのだ。そして二人の邪魔者がたがいに殺し合って一方が殺され一方が罪人となって消え去ることを願っているのだろう。なぜなら、中井はもうじき学校を卒業する。他の二人の男が入要だった時期はもう過ぎ去ろうとしているのだ」
これで全てが氷解したとグズ弁は思った。そして、その時まではそれほど切実には
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