《かいだい》一の称を得た精兵で、友軍の屍体を踏み越え、六番手まで繰りだして第一柵、第二柵まで奮進したが、悉く倒れ、射ちまくられて敗走せざるを得なかつた。主戦武器の威力に格段の相違があつては仕方がない。二万の甲州勢は一万七千戦死した。
 信長の天下は、鉄砲の威力によつて得ることの出来た天下であつたが、鉄砲を利用し得た信長は偶然の寵児ではなかつたのである。つとに鉄砲を知つた信玄が利用に気付かず滅亡し、各地の諸豪鉄砲を知らぬ者はなかつたが、之を真に利用し得る識見と手腕は信長のみのものだつた。上杉謙信は信長と天下を争ふべく進軍寸前で病死した。謙信に天寿あらば信長の天下果して如何、といふのが世論であるが、鉄砲の威力を知らぬ謙信が進軍寸前に病死したのは彼の幸福であつたらう。

 朝鮮役の快進軍は鉄砲と弓の差であつた。朝鮮軍は一挺の鉄砲なく、その存在すら知らなかつた。彼らの主戦武器たる弩《いしゆみ》は射勢はかなりに激しかつたが射程がない。城壁をかこんだ日本軍が鉄砲を射つ。百雷の音。怪煙万丈の間から味方がバタ/\倒れて行く。魂魄消え失せて、日本軍が縄梯子をかけ城壁をよぢ登るのを呆然と見まもるばかり、戦
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