らうな、ときりだした。信長は腑に落ちぬことはトコトンまで究める性分であつた。オルガンチノは地球儀をとりあげ、伊太利を指して、之は自分の生れた故国であるが、はらからを棄て、万里の海を越えて知るべもない絶東の異域へ来るからには、元より生命はすてゝゐる。殿下も御存知のやうに、日々斎戒窮苦の生活に従ひ童貞をまもり、ひたすら人々の幸福のために身命をすりへらしてゐるといふのも、現身《うつしみ》の幸を望まず、一命を天主にさゝげ、死後の幸福を信じるからで、神の存在を信じなくてこのやうなことが出来る筈がありませうや、と見得を切つた。信長は白坊主の表裏ない言葉を諒としたが、彼らは馬鹿だと判断した。利用価値のあるものは毒であらうと利用する。松永弾正でも切支丹でも何でも構はぬといふ冷血な意向であり、その意志と理知の冷たさには、利用される者共が、狎れるどころか、ふるへあがり、憎み、呪つた。
かういふ彼であつたから、鉄砲の威力に就て、信玄の如く速断、見切りをつけなかつた。利用しうるあらゆる可能を究明して戦術を工夫独創した。鉄砲その物も発達したが、彼の編みだした戦術は同時に日本最初の近代戦術であつたのである。
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