をしながら五時間六時間と議論をつづけることになる。そのため、足の向くままに、実に諸方の道を歩いた。深夜になり、探夜でなくとも頻《しき》りと警官に訊問されたが、左翼運動の旺《さかん》な時代で、徹底的に小うるさく訊問された。大体、深夜に数人で歩きながら、酒も飲んでいないというのが、却《かえ》って怪しまれる種であった。そういう次第で心を改め大酒飲みになった訳でもないのだが。
銀座から築地へ歩き、渡船に乗り、佃島《つくだじま》へ渡ることが、よく、あった。この渡船は終夜運転だから、帰れなくなる心配はない。佃島は一間ぐらいの暗くて細い道の両側に「佃茂」だの「佃一」だのという家が並び、佃煮屋かも知れないが、漁村の感じで、渡船を降りると、突然遠い旅に来たような気持になる。とても川向うが銀座だとは思われぬ。こんな旅の感じが好きであったが、ひとつには、聖路加《せいろか》病院の近所にドライアイスの工場があって、そこに雑誌の同人が勤めていたため、この方面へ足の向く機会が多かったのである。
さて、ドライアイスの工場だが、これが奇妙に僕の心を惹くのであった。
工場地帯では変哲もない建物であるかも知れぬ。起重
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