に話した。
「あの人の女装にも呆れたが、ゆうべの話しぶりが、どうも、私には解せなくてね、女がモモにホリモノをして、出来栄えが気に入らなくて、肉をえぐりとった、という。これが全然嘘っパチなんだが話しぶりの真剣さは、凄味があって、ちょッと、嘘なんてものじゃアなかったね。モモをえぐりとったという件は、女とねれば、忽ちバレることなんだし、どうも、あの人の気持が分らない。女は王子君を気違いだと云ったけれども、昨夜の一件をのぞいて、気違いらしいところは見当らないのでね。女と相愛の仲かと思えばそうらしくもなし、むしろ女に甜《な》められきっているという風なんだね」
主婦は静かに、うなずいた。この家が、旅館とも、待合とも、料理屋ともつかないものであるように、この主婦も、商売ずれのしたところがない。そのくせ、やっぱり商売人あがりでもあるような、わけの分らないところがあった。
主婦は間の悪そうな笑いをうかべたが、真顔に返って、
「キミちゃんが毎晩のようにお客さんをつれこんでくれますんでね。こんなことは申上げたくないのですが、気違い、或いは、まア、気違いの一種なんでしょうかね。男のお客様によって、女はそれぞれ違うんですけれどもね。これは男のお客様の好みもあるでしょうが、キミちゃんが殿方の人柄に応じて選んだり、キミちゃん自身の好みというものもあるのかも知れません」
ここまで話してきて、主婦はちょッとガッカリした顔付をして、言葉をきった。
「でも、キミちゃんが、女の子をお客様に紹介する話というのが、いつも、おんなじなんですよ。今も仰有る通りの、モモのイレズミをえぐりとった、というんですがねえ。それから、もしや、日月なんて申しやしませんでしたか」
私はいさゝか茫然たるものだった。
「えゝ、えゝ、云いましたね。男が太陽、女がお月様、一対の日月とね」
私のショゲ方はひどかったのである。女が絵の天才、私が文学の天才、それで日月、こう思いこんでいた私の甘さは馬鹿のようなものである。
「日月というのは、なんのことですか?」
主婦は又、クスリと、ガッカリした笑い方をした。
「日月様とでも申すんでしょうか。キミちゃんが思いこんでいる宗教なんですよ。男と女、それが日月。でもねえ、キミちゃん自身、男のくせに女装して、つまり、自分が一人で日月をかたどっているという思いこんだ気持もあるんです。そのほかに、とりたてゝ変ったところもないのですし、根は気立てのよい、おとなしい人なんですけど、ねえ」
茫然たる私に、主婦はなんでもない顔付でつけたして云った。
「キミちゃん自身が、自分のモモの肉をえぐったことは事実なんです。キミちゃんのオカミさんが、人間の肉をたべたいとか、云ったとか、これは噂ですけれども、色々曰くがあったんでしょうが、キミちゃんが思いつめたアゲクに、自分のモモの肉をえぐってオカミさんに食べさせたんだなんて、まア、噂ですから、真偽のほどは分りません」
私は二の句のつげない状態だった。私自身が精神病院をでゝ、まだ一週間ほどにしかならない日の話なのである。
私は真偽をたしかめたい気持にもならなかった。まるで、すべてが私の悪夢にすぎないような気持であった。私には、すべてが割りきれなかったが、割りきってみたいとも思わなかった。
そして茫然と自分の家へ戻ったが、それから三日目の新聞に、麻薬密売者の一味があげられたという記事があり、その一人に、王子君五郎という名があがっていた。私は今もなお、妙に溜息がとまらぬような思いである。
底本:「坂口安吾全集 07」筑摩書房
1998(平成10)年8月20日初版第1刷発行
底本の親本:「オール読物 第四巻第七号」
1949(昭和24)年7月1日発行
初出:「オール読物 第四巻第七号」
1949(昭和24)年7月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:砂場清隆
2008年5月10日作成
青空文庫作成ファイル:
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