時計が、突如として、目覚し時計となって、鳴り狂いはじめたようなものである。
「あんな男のいうことマジメにきいて、何、ねぼけてんの。気違いって、あの人が気違いじゃないの。女装したりしてさ。変態なら分るわよ。変態でもなんでもないくせに女装するなんて、頭のネジが左まきのシルシにきまってるわ。私が自分のモモにホリモノをしただの、そのホリモノをえぐりとったのと、あの人が知っているわけがないでしょう。みんなあの人の妄想よ。ほら、見てごらんなさい。私のモモに、ホリモノだの、えぐりとった傷跡だのがあって」
女は私にモモを見せた。まったく、何もなかったのである。そしてモモを見せる女の態度というものは、完全なパンパンの変哲もない態度であり、おかげで私は俄に安心したほどであった。
「君は、じゃア、絵描きの卵でもないのかね」
「まア、それぐらいのことは、私だって、なんとか、かんとか、それも商売よ。でも油絵の二三枚かいたこともあったわよ。あんまり根もないことを云ったんじゃア、この社会じゃア、自分が虚栄だから、人の虚栄を見破るのも敏感なものよ」
話しだすと、先刻までの押し黙った陰鬱さは薄れて、女は案外延び延び
前へ
次へ
全24ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング