だ。昔から嫌ひであつた。それも骨の髄から嫌ひだといふ深刻な性質のものではなく、なんとなく嫌ひで時々からかつてみたくなる性質の――彼は第一骨の髄まで人を憎む男ではなく、風流人で、通人で、その上に戦争狂であつたわけだ。だから、家康が天下をとるなら、俺がひとつ横からとびだしてピンタをくらはせてやらうと大いに張切つて内心の愉悦をおさへきれず、あれこれ用意をとゝのへて時の到るのを待つてゐる。彼の心事明快で、家康をやりこめて代りに自分の主人を天下の覇者にしてやらうなどゝいふケチな考へは毛頭いだいてゐなかつた。
 この男を育て仕込んでくれた上杉謙信といふ半坊主の悟りすました戦争狂がそれに似た思想と性癖をもつてゐた。謙信も大いに大義名分だとか勤王などと言ひふらすが全然嘘で、実際はたゞ「気持良く」戦ふことが好きなだけだ。正義めく理窟があれば気持が良いといふだけで、つまらぬ領地問題だの子分の頼みだの引受けて屁理窟を看板に切つた張つた何十年あきもせず信玄相手の田舎戦争に憂身をやつしてゐる。義理人情の長脇差、いはゞ越後高田城持ちのバクチ打ちにすぎないので、信玄を好敵手とみて、大いに見込んで、塩をくれたり、そし
前へ 次へ
全116ページ中94ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング