交渉を始めてゐた。
行長は根が正直者、国を裏切り暗躍に狂奔してゐるが、陰謀はその本性ではない。よしなき戦争は罪悪だといふ単純な立前で、三国いづれの立場からもこの戦争で利得を受ける者はないのだから、いづれの思ひも同じこと、如何なる陰謀悪徳を重ねても和議には代へられぬ筈ときめてゐる。自分の一存で如何なる条約を結んでも構はぬ。本国への報告は両軍の大将が相談づくで誤魔化す限りシッポはでないし、シッポが出たら俺が死ぬ。それだけのこと。かういふ度胸をきめ、楽屋のうちをさらけだして談判にかゝつてきた。外交に異例の尻まくりの戦術、否、戦術ですらもない、全く殺気をこめ、眼は陰々とすはつて一点を動かずといふ身構へで、死者《しにもの》ぐるひにかゝつてくる。
沈惟敬は筋の正しい国政などゝは縁のない市井の怪物、元来がギャングの親方であるから、人生の裏道で陰謀に半生の命をはりつゞけて生きてきたこの道の大先輩、行長の覚悟、尻まくり戦術は自らのふるさとで、話をすれば、行長の決意裏も表もよく分る。この男はすべてをさらけだして、全く命をはつてゐるのだと見極めをつけた。談判破裂となれば死者ぐるひで襲ひかゝるに相違ない殺
前へ
次へ
全116ページ中83ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング