ともかく三月一杯は全軍の出陣を見合せるやう訓令を発していたゞきたい、と願ひでゝ、許可を得た。
 行長と義智は直ちに手兵を率ゐて先発する。彼らは必死であつた。釜山に上陸、直ちに交渉を開始して、清正の軍勢は目と鼻の先の島まで来てゐるし、後詰の大軍はすでに対馬に勢揃ひを完了してゐる。十数万の精鋭であるから、今、太閤を怒らせると、朝鮮はてもなく足下に蹂躙されるのが運命である。かくなる以上は遠征の道案内に立つ方が身の為だ、と言つて、彼らも死物狂ひ、なかば脅迫の言辞を弄して迫つたけれども、朝鮮の態度は傲慢で、下賤の猿面郎が大明遠征などゝは蜂が亀の甲を刺すやうなものだ、といふ頭から軽蔑しきつた文書によつて返答してきた始末であつた。
 宗義智はこの数年間|屡次《るじ》にわたつて朝鮮側と屈辱的な折衝を重ね、太閤の意志とうらはらな返翰《へんかん》を得て、之を中途で握りつぶしてゐたのであるから、露顕の恐怖に血迷つた。行長と打合せる余裕すらも失ひ、単独鄭揆に交渉したが、軽蔑しきつて返事もくれぬ。義智はすでに逆上した。進め、殺せ、狂乱叱咤、釜山城へ殺到して、占領する。然し、血の悪夢からさめた時には、単なる一小城
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