ある。これのみではない。秀吉と如水は二人合作の上で、浮田と和議をむすび、信長の怒りにあつて危く命を失ひかけたこともある。蓋し、信長はあくまで浮田を亡して、領地を部下の諸将に与へるつもり、然し、秀吉は木下藤吉郎の昔から和交を以て第一とすること誰よりも如水が良く知つてゐる。今や日本六十余州、庶民はもとより武将に至るまで長々の戦乱に倦み和平をもとめて自ら秀吉の天下を希んでゐる。之を天下の勢ひと言ふ。過去の盟約、累代の情義の如きも、この大勢の赴く前では水の泡に異ならぬ。しかも天下の大勢は益々|滔々《とうとう》たる大流となつて秀吉の統一をのぞむ形勢にあるのだから、この大流に逆ふことや最も愚。秀吉の内意は和平降伏の賞与として、武蔵、相模、伊豆三国を存続せしめるといふのだから、和議に応じ、祖先の祭祀を絶さぬ分別が大切である。和平条約の実行については、万違背のないこと、自分が神明に誓ふから、と言つて、懇々説いた。
 如水の熱弁真情あふれ、和談の使者の口上を遠く外れて惻々《そくそく》たるものがあるから、かねて和平の心が動いてゐた氏政は思はず厚情にホロリとした。そこで日光一文字の銘刀と東鑑《あずまかがみ》
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