れるもので、まして振られた同志ではあり、ふられた同志といふものは労はりあつた挙句の果に、結局実力の足りない方が恋の手引をするやうな妙な巡り合せになりがちなものだ。
家康は如水の口上をきゝ終つて頷き、なるほど、御説の通り私の娘は氏直の女房で、私と北条は数年前まで同盟国、昵懇《じっこん》を重ねた間柄です。ところが、昵懇とか縁辺は平時のもので、いつたん敵味方に分れてしまふと、之が又、甚だ具合のよからぬものです。色々と含む気持が育つて、ない角もたち、和議の使者として之ぐらゐ不利な条件はないのですね、と言つて拒絶した。如水が家康を見込んで依頼した口上とあべこべの理窟で逆をつかれたのであるが、理窟をまくしたてると際限を知らぬ口達者の如水、ところが、この時に限つて、アッハッハ、左様ですか、とアッサリ呑みこんでしまつた。
如水は家康に惚れたから、持前のツムジをまげることも省略して、呑込みよろしく引上げてきた。秀吉に対する忿懣の意識せざる噴出であつた。否、秀吉に対する秘密の宣戦布告であつた。如水は邪恋に憑かれた救はれ難い妄執の男、家康の四十の恋を目にとめたが、その実力秀吉に頡頏《けっこう》する大人物
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