ころが次男の左馬助は容色美麗で年少の時から氏直の小姓にでゝ寵を蒙り日夜側近を離れず奉公励んでゐる。遇々《たまたま》父の館へ帰つてきて裏切の話を耳にとめ父兄を諫めたが容れられる段ではない。父を裏切り一門を亡す奸賊であるといふので父と兄が刀の柄に手をかけ青ざめて殺気立つから、私の間違ひでありました、父上、兄上の御決意でありますなら私も違背は致しませぬ、と言つて一時をごまかした。けれども必死の裏切であるから憲秀新六郎も油断はない。氏直に訴へられては破滅であるから、左馬助の寝室に見張の者を立てゝおいたが、左馬助は具足櫃《ぐそくびつ》に身をひそめ、具足を本丸へとゞけるからと称して小姓に担ぎださせ、無事氏直の前に立戻ることができた。父兄の陰謀を訴へ、密告の恩賞には父兄の命を助けてくれと懇願する、憲秀新六郎は時を移さず捕はれて、左馬助の苦衷憐むべしといふので、首をはねず、牢舎にこめる、寸前のところで陰謀は泡と消えた。
この裏切に最も喜んだのは秀吉で、大いに心を打込み、小田原落城眼前にありとホクソ笑んでゐたのであるが、案に相違の失敗、心憎い奴は左馬助といふ小僧であると怒髪天をついて歯がみをした。
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