子酒といふわけで、家康をうながし、連立つて信雄の陣へ押掛ける。小田原は箱根の山々がクッキリと、晴れた日は空気に靄が少くて、道はかゞやき、影黒し、非常に空の澄んだところだ。馬上から野良に働く鄙《ひな》には稀な娘を見つけて、オウイ、俺は関白秀吉だ、俺のウチへ遊びにこいよウ。待つてるゾウ。胸毛を風になぶらせて、怒鳴つてゐる。
然しながら、秀吉は一人立ちのできない信雄を、一人立ちの出来ない故に、警戒した。彼の主人信長はその終生足利義昭になやまされた。この十五代将軍は一人立ちのできない策士の見本である。三好松永を覆滅して足利家再興のため、終生他力本願、専ら人の褌を当にして陰謀小策を終生の業としたのである。佐々木承禎にたより、武田にたより、朝倉に、上杉に、北条に、最後に信長にたよつて目的を達し、十五代将軍となることができた。そこで年下の信長を臆面もなく「父信長」などゝ尊敬して大いに徳としながら、さつそく裏では父信長を殺すことを考へて、本願寺に密使を送り、信玄と結び、朝倉、浅井、上杉、毛利、信長と兄弟分の徳川家康、手当り次第に密使を差向けて信長退治のふれを廻す。一応の大義名分のあるところ、本人自体
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