へだてた話であつたし、思ひのまゝに廻りはじめたパノラマのハンドルをまはす手加減に有頂天になつてゐた。家康といふ人はおだてゝおけば温和な人だ。俺の膝の上にのせてみせるから黙つて見てをれ、かう侍臣に言ふ秀吉だ。小田原陣でも、家康を陣屋に招いて群臣の居並ぶところでおだてあげて、大納言、貴公は海内一の弓取だから、この戦争では策戦万事御指南をたのむ、皆の者も戦略は徳川殿にきくがよい、臆面もなくわめきたてゝ好機嫌。ところが或日のことである。秀吉は列座の大名共に腹蔵なく威張りはじめてゐたのである。古に楠氏あり、当今は豊臣秀吉こゝにあり、日本一の兵法の達者とは俺のことだ。戦へば必ず勝つ。負けたためしは一度もない。古今東西天下無敵、ワッハッハ。すると家康が俄に気色《けしき》ばみ、居ずまひを正して一膝のりだした。之は不思議、いさゝかお言葉が過ぎてござる。殿下は小牧山で拙者に負けたではござらぬか。余人は知らず、拙者の控える目の前で日本一の兵法家はやめにしていたゞきたい。開き直つて、かう言つた。膝元からいきなり袴に火がついたとはこのこと、秀吉満面に朱をそゝぎ、皺だらけの小さな顔に癇癪の青筋だらけ、喉がつまつて
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