お世辞、政治の御指南、朝廷の位、耳には快いが実は無い。如水は敬々しく辞退して、忝《かたじけな》い御諚《ごじょう》ですが、すでに年老ひ又生来の多病でこの先の御役に立たない私です。別してこのたびは愚息に莫大な恩賞をいたゞいてをりますので、私の恩賞などゝはひらに御許しにあづかりたい、とコチコチになつて拝辞する。秀忠がその淡泊に驚いて、あゝ漢の張良とはこの人のことよと嘆声をもらして群臣に訓《おし》へたといふが、それが徳川の如水に与へた奇妙な恩賞であつた。如水は家康めにしてやられたわいとかねて覚悟の上のこと、バクチが外れたときは仕方がないさ、とうそぶいてゐる。応仁以降うちつゞいた天下のどさくさは終つた、俺のでる幕はすんだといふ如水の胸は淡泊にはれてゐた。どさくさはすんだ。どさくさと共にその一生もすんだといふ茶番のやうな儚さを彼は考へてゐなかつた。



底本:「坂口安吾全集 04」筑摩書房
   1998(平成10)年5月22日初版第1刷発行
底本の親本:「二流の人」中篇小説新書、九州書房
   1947(昭和22)年1月30日発行
初出:「二流の人」中篇小説新書、九州書房
   1947(昭和22)年1月30日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※新仮名によると思われるルビの拗音、促音は、小書きしました。
入力:tatsuki
校正:小林繁雄
2007年1月5日作成
青空文庫作成ファイル:
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