とたんに、インテリ風の男は塀の内側へ姿を消してしまったのである。
 波川巡査はオーバーの下からピストルをとって、
「手をあげろ。警察の者だ」
 残った男は逃げる様子もなく、まるで何事もなかったように手をあげて、
「なんですか? 怪しい者じゃないですよ」
「ボストンバッグはどうした?」
「そんなもの持ってやしません」
 最初にドンと地響がしたのは石塀の内側へボストンバッグを投げこんだ音だ。波川巡査はそれに気がついて、さてこの男を捕えるべきや、石塀の中へとびこんで逃げた男を追うべきや、と思わず高い石塀を見上げた。それが運のつき。
 いきなり腕をうたれて火のでる痛みをうけたとたん、手のピストルも火を吐いて地上へ落ちる。とたんにミゾオチを一撃されてひッくり返った。と同時に、百合子も顔を一撃されて地上にすッとんだ。
 百合子は痛さをこらえて逃げ去る足音の方を目で追った。男は石塀の反対側の小路へいきなり曲りこんで消えてしまった。
 それから二分ほどの後、ピストルの音で駈けつけたパトロールの巡査が百合子と父を助け起してくれた。事情をきいたパトロールは、
「そうですか。それじゃア、この塀の中の男を探し
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