なのです」
「それじゃ、父じゃないわ。身長はとにかく、年齢はいつわれないでしょうから」
「あの晩誰かが邸内に闖入した気配をお気づきになりませんでしたか」
「あなた方が庭を探しまわるまで、特に気づいたことはなかったようです。読書にふけっていましたから」
「私たちが立ち去った後は?」
「さア。それも、ありませんね」
 百合子の質問は、そこまでで種が切れてしまった。こんな清楚な可憐な令嬢に、得体の知れない犯人のことで、これ以上の質問はムダというものだ。
 しかし、最後に、異常な勇気をふるい起して、思いきって、きいた。
「こんな質問は本当に礼儀知らずとお思いでしょうが、さッき乱世と仰有いましたが、それに免じて許して下さいませ。実はこの邸内へ逃げこんだ容疑者というのは、密輸品売買の容疑者なのです。密輸品と申せば、常識として、日本人の手に渡る前に、まず外国人を考えます。私が御当家を訪れましたのも、そこに期待をつないでのことだったのです。お嬢さまにお目にかかってその期待も失ってしまったのですけど、念のため、訊かせて下さいませ。正直に申します。お父さまは密輸品売買にたずさわっていらッしゃるのとちがいま
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