をつまんで、ブラブラふって見せた。百合子の顔色は、次第に蒼ざめた。百合子は思わずテーブルのフチをシッカとつかんで、
「だから、お父さんは、どうだって云うのよ」
「意地をはるのは、よせ」
父は腕輪のついた南京虫を元の場所へ戻した。奈々子の家から発見された五十四個は、時計だけで、腕輪がついていないのだ。
「お前のカンはすばらしいのだ。オレはお前があの晩陳の庭でこの時計を拾ったとたんに呟いた言葉を覚えているのだ。男が南京虫とは変だなア、とお前は呟いたのだぞ。もっとも、翌日になると、奈々子の屍体が発見され、室内から南京虫が腐るほど現れてきた。そのために、陳の邸内で拾った南京虫の特異性というものがにわかに薄れてしまって、犯人の歩いたところに南京虫が一ツ二ツ落ッこッてるのは当り前だと誰しも軽く思いこんでしまったのだ。オレも、むろん、そうだった。ようやく、今日になって、あそこで拾った南京虫に限って腕輪のついてることに気がついたのだよ」
百合子はいらだたしげに叫んだ。
「だから、どうだって云うんです」
父の顔はひきしまった。
「警官らしい態度じゃないぞ。だから、言うまでもなく――お前、ちゃんと知ってるじゃないか。陳の庭内へ逃げこんだのは、男装した女だったに相違ない。犯人が落したのは、盗んだ南京虫ではなく、彼女自身の所持品、彼女の腕につけていた南京虫だったのだ。奈々子の腕には彼女の南京虫がチャンとまかれていたのだから、それ以外には考えられないじゃないか」
「大金持の令嬢が、人を殺して物を盗る必要はないじゃないの」
「オレも、それを考えたのだ。しかし、お前が、それほど陳の令嬢の美貌に眩惑されてしまったから、オレは新しいヒントを得たのだ。ミス南京は絶世の美女だというではないか。どうだ。それで、いくらか、分りかけてきやしないか」
「分りかけてきやしないわ」
「よし、よし。今に、わかる。とにかく、あの邸内へ逃げこんだ男の顔はオレだけが見ているのだからな。いかに黒ずんだドーランをぬたくり眼鏡をかけていても、オレが首実検すれば判ることだ」
[#5字下げ]ミス南京の告白[#「ミス南京の告白」は中見出し]
波川巡査は娘にだけは自分の見込みを語ったが、まだ他の誰にも打ち明けない。海千山千の経験者に打ち明けるには大事を要するし、見込み通りとなれば一世一代の晴れがましい成功となる。彼にとっては
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