すか」
 正直にも程があろうというものだ。ほかの人にはむしろこうは云えないが、息がつまるほど好感のもてる令嬢だから、かえって狎《な》れて、こう言いきる以外に仕方がなかったのである。
 令嬢は鳩が豆鉄砲くらったように目をパチパチさせたが、百合子をやさしく睨んで、
「たとえ本当にそうだとしても、そうですなんて、誰だって言う筈ないわよ。あなたッたら、まア、どうしてにわかに大胆不敵な質問をなさッたの?」
「それは、その、さッき仰有ったことのせいです。乱世だから、国際人は神出鬼没だって」
「敏感ね、日本の婦警さんは」
「じゃア、やっぱり、そうですか。アラ、ごめんなさい」
「あやまることないわよ。この乱世に他国へ稼ぎに来ている国際人は、どうせそれしか商売がないでしょうね。ですから、あなたのカンは正しいかも知れないけど、密輸品にもピンからキリまであるのです。政府や他の勢力がひそかにそれを奨励しているような密輸だって、あるかも知れないのよ」
「すみません」
「いいのよ。それで、もしも父がそうなら、それから、どうなの?」
「もう、いいんです」
 百合子は口を押えて、ふきだしたいのを堪えながら、立上った。
「また変なことお訊きに伺うかも知れませんけど、会って下さいますか」
「ええ、ええ。何度でも、いらッしゃい。お勤めの御用の時に限らずに、ね」
「ありがとう」
 百合子はワクワクしながら、夢中で表へとびだした。
 渋谷駅の方へ歩きかけると、後から呼びとめられた。父であった。
「心配だから、そッと様子をうかがっていたのさ。首尾はどうだい?」
「ウチへ帰って話すわ」
 百合子は父の手をとって、子供の遠足のように大きくふりながら、上気して歩いていた。

[#5字下げ]父の推理[#「父の推理」は中見出し]

 家へ戻って、百合子は陳邸での様子を父に物語った。
 父はいかにも意外の顔で、百合子の話をきき終ったが、ふと淋しそうに云った。
「女はそういうものかなア」
「なアぜ?」
「お前のようなシッカリ者でも、ボオーッとなると、そんなになるのかということさ。だってなア。お前はえらい決心で出かけたはずじゃないか。なぜ猛犬が闖入者を襲わなかったかという素敵な疑問から出発してさ」
「素敵な疑問だなんて、お父さんたら、からかってるのね。犬の位置の反対側へ闖入者がとび降りた場合、広い邸内だから、犬も気がつかない
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