まったのですわ」
「お上手ねえ。お答えできる範囲のことはなんでも答えてあげますから、用件を仰有って」
「先夜、この邸内へ逃げこんだまま行方が消えてしまった容疑者のことなんですけど、そのとき庭に放されていたはずのドーベルマンとシェパードが闖入者を見逃した理由が分らないのです」
 令嬢はいかにも同意するようにうなずいた。
「それは本当にフシギなことね。ですけど、知らない人たちが空想するほど、犬は利巧でもなく、鋭敏でもないらしいのね。これは飼い主の感想です」
「御当家へ出入りの男でしたら、犬は闖入者を見逃すでしょうか」
「特別犬と親しければ、ね。ですけど、犬が見逃すほど親しい男といっては、たぶん父のほかにいないでしょうね」
「お父さまはいま日本にいらッしゃらないのでしょう?」
「そう。もう半年もずッと台湾へ行ってるのです。ですが、乱世のことですから、国際人はたいがい神出鬼没らしいわね。ひょッとすると、私の知らないうちに、日本に戻っているのかも知れないわ。もしも父がその闖入者なら、年齢は六十ぐらい、銀髪で五尺五寸ぐらいの優さ男です」
「容疑者の年齢は三十ぐらい、身長は五尺三寸以下ぐらいという話なのです」
「それじゃ、父じゃないわ。身長はとにかく、年齢はいつわれないでしょうから」
「あの晩誰かが邸内に闖入した気配をお気づきになりませんでしたか」
「あなた方が庭を探しまわるまで、特に気づいたことはなかったようです。読書にふけっていましたから」
「私たちが立ち去った後は?」
「さア。それも、ありませんね」
 百合子の質問は、そこまでで種が切れてしまった。こんな清楚な可憐な令嬢に、得体の知れない犯人のことで、これ以上の質問はムダというものだ。
 しかし、最後に、異常な勇気をふるい起して、思いきって、きいた。
「こんな質問は本当に礼儀知らずとお思いでしょうが、さッき乱世と仰有いましたが、それに免じて許して下さいませ。実はこの邸内へ逃げこんだ容疑者というのは、密輸品売買の容疑者なのです。密輸品と申せば、常識として、日本人の手に渡る前に、まず外国人を考えます。私が御当家を訪れましたのも、そこに期待をつないでのことだったのです。お嬢さまにお目にかかってその期待も失ってしまったのですけど、念のため、訊かせて下さいませ。正直に申します。お父さまは密輸品売買にたずさわっていらッしゃるのとちがいま
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