た。即坐に退位を命ぜられ、淡路の国へ流された。そして翌年、配所で死んだ。

          ★

 上皇は法体のまゝ重祚して称徳天皇と云つた。出家の天皇には出家の大臣がゐてもよからうと仰せがあつて、道鏡は大臣禅師といふ新発明の官職を与へられた。
 翌年、太政大臣禅師となり、二年の後に、法王となつた。
 それは女帝の意志だつた。
 女帝は道鏡が皇孫であり、たゞの臣下ではないことを、そのしるしを、天下に明にしたかつた。そして二人の愛情の関係自体も。皇孫だから。そして、愛人なのだから。女帝は法王といふ極めて的確な言葉に気付いて喜んだ。
 法王の月料は天子の供御《くご》に準じ、服食も天子と同じものだつた。宮門の出入には鸞輿《らんよ》に乗り、法王宮職が設けられ、政《まつりごと》は自ら決した。それはすべて女帝が与へた愛情のあかしであつた。名にとらはれる女は、然し、更に実質の信者であつた。名は、そして、人の口は、女帝はすでに意としなかつた。事実はたゞ一つ。道鏡は良人であつた。
 道鏡は堕落の悔いを抑へることができてゐた。女帝の女体は淫蕩だつた。そして始めて女体を知つた道鏡の肉慾も淫縦《いんじゆう》だつた。二人は遊びに飽きなかつた。けれども凛冽な魂の気魄と気品の高雅が、いつも道鏡をびつくりさせた。それは夜の閨房の女帝と、昼の女帝の、まつたく二つのつながりのない別な姿が彼の目を打つ幻覚だつた。夜の女帝は肉体だつたが、昼の女帝は香気を放つ魂だつた。
 彼は夜の淫蕩を、昼の心で悔いることができなかつた。なぜなら女帝の凛冽な魂の気魄が、夜の心を目の前ではつきりと断ち切つてしまふから。彼の魂は高められ、彼の畏敬はかきたてられた。それは女ではなかつた。偉大にして可憐にして絶対なる一つの気品であり、そして、一つの存在だつた。
 そして夜の肉体は、又、あまりにも淫縦だつた。あらゆる慎しみ、あらゆる品格、あらゆる悔いがなかつた。すべては、たゞあるがまゝに投げだされ、惜しみなく発散し、浪費し、行はれ、つくされてゐた。それ自体として悔い得る何物もあり得なかつた。惜しまれ、不足し、自由ならざる何物もなかつた。涙もあつた。溜息もあつた。笑ひもあつた。歓声もあつた。力もあつた。放心もあつた。悲哀もあつた。虚脱もあつた。怒りもし、すねもし、そして、愛し、愛された。
 道鏡の堕落の思ひは日毎にかすみ、失はれた
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