で忠勤をはげみ、その報酬に官位の昇進を受けてゐた。彼等は面従腹背を人の当然の行為であると信じてゐた。彼等はむしろ押勝よりも悪辣であり老獪であり露骨であつた。百川は道鏡をしりぞけてのち、自分の好む天皇をたてる陰謀に成功した。更にその後、皇太子の廃立に成功したが、彼のすゝめる親王を天皇は好まなかつた。その天皇を責めたてゝ、四十余日、夜もねむらず門前にがんばりつゞけ、喚きつゞけて、天皇を根負けさせてゐるのであつた。
彼等はむしろ押勝以上に策師であり、智者であり、陰謀家であり、利己主義者であり、かつ、礼節も慎みもなかつたから、押勝の専横に甘んじて、その下風に居すはる我慢がなかつたのである。
彼等の共同の目的は、押勝の失脚だつた。すると、そこへ、思ひもうけぬ好都合の人物が登場してきた。それが弓削道鏡《ゆげのどうきよう》であつた。
★
道鏡は天智天皇の子、施基《しき》皇子の子供であり、天智天皇の皇孫だつた。
道鏡は幼時|義淵《ぎえん》に就て仏学を学び、サンスクリットに通達してゐた。青年期には葛木山《かつらぎやま》に籠つて修法錬行し、如意輪法、宿曜秘法《すくようのひほう》等に達し、看病薬湯の霊効に名声があつた。その法力と、仏道堅固な人格と、二つながら世評が高く、内裏の内道場に召されたのだ。
彼の魂は高邁だつた。その学識は深遠であつた。そして彼は俗界の狡智に馴れなかつた。小児の如くに単純だつた。荒行にたへたその童貞の肉体は逞しく、彼の唄ふ梵唄はその深山の修法の日毎夜毎の切なさを彷彿せしめる哀切と荘厳にみちてゐた。彼はすでに押勝に劣らぬ老齢だつたが、その魂の、その識見の、その精進の厳しさによつて、年齢のない水々しさが漂つてゐた。
天皇はいつ頃からか、道鏡に心を惹かれてゐた。
天皇はすでに位を太子に譲り、上皇であつた。然し、新帝の即位は名ばかりで、政務は上皇の手にあつた。
六代の悲しい希ひによつて祈られてきた宿命の血、家の虫のあの精霊が、年老いた女帝の心に生れてゐた。その肉体は益々淫蕩であつたけれども、その心には、家の虫の盲目的な宿命の目があたりを見廻し、見つめてゐた。
色々のことが分つてきた。見えてきたのだ。家の虫の盲目的な宿命の目によつて。
新たな天皇と太政大臣押勝は一つのものであつた。新帝は、彼女のものでもなく、国のものでもなく、押勝の
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