結婚するか、しないかが」
「大鹿はどこに住んでる」
「私もそれが知りたいのよ」
「フン。隠すな。痛い目をみたいか」
「隠すもんですか。私も探しているのだもの。あんた、探せたら、探してよ」
「よし、探してみせる。ついてこい」
「どっちよ」
「だいたい見当がついてるんだ。大鹿が、嵐山の終点で下車するという噂があるんだ」
「あそこから、又、清滝行の電車だってあるじゃないの」
「なんでも、いゝや。意地で探してみせるから。オレが大鹿と膝ヅメ談判して、奴が手をひくと云ったら、お光はオレと結婚するな」
「さア、どうだか。大鹿さんと結婚しないったって、あんたと結婚するとは限らないわよ」
「そうは云わせぬ」
「じゃア、どう言わすの」
「とにかく、大鹿の隠れ家を突きとめてみせるから、ついてこい」
 一服は、光子をムリヤリひっぱるようにして歩きだした。光子も大きいとは云え、六尺ゆたかの一服のバカ力にかかっては、仕方がない。
 しかし奇策縦横の自信は胸に満々たる光子、イザという時の用意には充分に確信があるから、このデクノボーのバカの一念で大鹿の隠れ家が分ったら、モッケの幸い、と内々ホクソ笑んで、ひっぱられていった。

   その三 尾行

 同じ朝の東京駅、七時三十分発博多行急行発車の十分前。金口副部長と羅宇木介が、煙山の姿の現れるのを待っている。
 見知らぬ土地での追跡に一人じゃ危いというので、金口副部長も同行することゝなったのである。
「ヤ、来た、来た」
「どれだい。煙山は?」
「ヤに大きなカバン二つぶらさげてやがら。あの男ですよ」
「あの鳥打帽かい?」
「そうです」
 四十五六の苦味走った男。この煙山、野球のスカウトで名高いが、本来は、剣術と柔道の使い手、五尺四寸五分のあたりまえの背丈だが、ガッシリした体格だ。スカウトとしては名声があるが、その私生活は、はなはだ世評の香《かんば》しくない男だ。銀座にキャバレーを経営しているが、ここまで云えば、あとはアッタリマエでしょう、説明がいらぬという人物。モグリの商事会社もやっているし、あの手この手のイカサマ、きわどいところで法網をくぐっているのがフシギなくらい。しかし野球のスカウトとしてだけは、実績をあげ、名声は隆々として、そのせいか、そッちでは、暗い噂をきかない。引ッこぬき作業自体が、イカサマ事業に類しているから、それで満ち足りているのかも知れない。
 煙山が乗車したのを見届けて、金口と木介は中央の二等車にのる。そこには煙山は乗っていない。
「ハテナ。一等車かな。それとも一番前の二等車かな。モク介、見てこいや」
「ヘエ」
 木介はズッと見てきたが、
「イヤハヤ。敵はさるもの、驚きましたわい」
「なにを感心しとる」
「一等車にはいませんわ。一番前の二等車にも、いませんが。なんぞ、はからん三等車の隅に、マスクをかけて顔をかくしていやがるよ。さッきの服装を見とったから、見破りましたが、煙山氏、お忍び旅行ですぜ。曰くありですな。察するに、二ツのトランクは、札束だ」
「今にして、ようやく、気がついたか」
「気がもめるね」
「煙山だって、自分の金じゃないのさ」
「なるほど。あさましきはサラリーマンだね。しかし、煙山氏の月給袋は、だいぶ、コチトラより重たいだろうなア」
 と、木介は悲しいことを言っている。
 無事、京都へとさしかかる。京都着は午後六時四十一分の予定。
「モク介。煙山の車へ行って、見張ってろよ」
「ヘエ」
 しかし木介は京都へ着かないうちに、うかない顔で戻ってきた。
「煙山の姿が、見えないですよ」
「便所か」
「煙山の坐ってた近所の人にきいてみたが、みんな知らないってさ。それから一応、アミダナを見て歩きましたが、あのトランクらしきものは二ツとも無くなってますな。コチトラ、自慢じゃないが、トランクに札束あり、と見破ってこのかたツラツラ目に沁みこませておきましたんで、見忘れないツモリですわ」
 京都へつく。
 二人は改札口のところにガン張って目を皿にしていたが、煙山は下車してこない。降車客は見えなくなった。
 停車時間は十五分もあるから、乗換線のプラットホームをしらべたが、見当らない。念のため、もう一度、車内をテンケンすると、京都で乗客の大入換りがあって、かなり空席も目に立つ中に、いる、いる。
 煙山は今度は最前部の二等車のマンナカあたりにマフラーで顔を隠し、オーバーの襟を立てて、雑誌をよんでいる。例のカバンは座席の下へ押しこんで足でおさえている。
「実に要心深い奴だ。しょッちゅう座席を変えてやがんですよ。こうなったら、にがさねえ。コチトラ、ここで見張りますよ」
「よし。オレも見張るよ」
 二人は気付かれぬように、彼の後方、はなれた空席に座をとった。
 煙山は大阪で降りた。自動車を拾う。二人も自動車を拾って追跡。新淀川を渡って、吹田《すいた》の近くへ戻ってきて、小さな住宅の前へとまる。
 金口は自分で降りていって、煙山の運転手に、
「オレたちは怪しいものじゃない。新聞記者だ。ちょッとワケがあって、つけているから、つけ易いようにカーブのとき、たのむぜ」
 と、チップをにぎらせた。
 そして煙山のはいった家の門札を見ると、驚いた。キャメル軍の猛打者桃山外野手の住居である。
「敵は桃山か。こいつは、虚をつかれたな。さすがに、やりおるわい」
 十四五分もたつと、煙山は出てきた。又、追跡、車は国道をブッ飛ばしてグングン京都の方角へ戻る。細い道へまがりこんで、辿りついたのが、山崎の里。相当な門構えの家の中へ、煙山は消えこんだ。
 そこの門札をしらべると、ピース軍の至宝、好打の国府一塁の生家である。
「いよいよ出でて、いよいよ奇、やりおる、やりおる」
「怪物の名にそむきませんなア。敵ながら、アッパレな奴ッちゃ。これで札束がだいぶ減りおったろう」
 木介は札束ばかり気にしている。
「モク介。この契約金、いくらと思う」
「罪なこと考えさせる手はねエですわ」
 また十四五分で煙山が現れる。
 自動車は一散に京都へ。
「なるほどねえ。ちゃんと諸事片づけて、大鹿の隠れ家へか。敵は順を考えとる。コチトラの追跡、知ってやせんですか」
「そうかも知れん。汽車の中から、ちゃんと見抜きおったかな」
「どうも、いけませんわ。札束のヘリメにしたがって、コチトラの腹がへるらしい。はやくヤケ酒がのみたいな」
 車は京都の市街へはいった。車の止ったところは、河原町四条を下って、はいった、裏通りの、小粋な家。しかし、小ッちゃな、料理屋のようなところ。しかし、旅館の看板がぶらさがっている。そこまで送って自動車は戻っていく。二人も車を降りた。
「さては、ここが大鹿の隠れ家かな。よろし、こうなったら、オイラも泊りこんでやれ」
「よか、よか」
 二人が旅館の玄関へ立つと、老婆がチョコチョコ出てきて、
「おいでやす」
「お部屋ありますか」
「お部屋どすか。あいにくどすなア。満員どすわ」
「今、一人、はいったでしょう」
「ハア、予約してはりましたんや」
「ズッと長く泊ってる人が一人いるでしょう」
「どないなお人どすねん」
「六尺ぐらいの大きい男」
「知りまへんなア」
「今、はいった人の知り合いの若い大男」
「知りまへんなア」
 仕方がないから、二人は廻れ右。時計を見ると、九時五十分。
「アッ。ここに、ウドン屋があらア。一杯のんで、きいてみようや」
「それあるかな」
 熱カンをつけてもらって、前の旅館に大男が泊っていないかサグリを入れるが要領を得ない。
「オッサン、野球、見ないかね」
「野球やったら、メシよりも好ッきやね」
「チェスターの大鹿投手、知ってるかい」
「スモークピッチャーや。ヒイキしてまんね」
「その大男や。前の旅館に泊っとらんか、そういう人物は」
「見かけまへんなア」知らなければ、長居は無用。
「ままよ。当ってくだけろ。いっそ、煙山に面会を申込もうや。相手が、どう出るか、やぶれかぶれさ」
「がってん」
 そこで再び旅館にとって返して、
「さっきの煙山さんに会いたいが」
「ハア。煙山はん、御散歩におでかけどすわ」
「ヤヤ」
 木介は奇声を発した。金口はさすがに落着いて、
「どんな姿。宿のドテラ」
「いえ、洋服どした」
「さては、カバンをぶらさげて!」
 木介、カバンの執念、でかい声で、思わず、わめく。老婆はビックリして、
「いえ、カバンは置いてかはりましたんや。散歩どすよってなア」
「フーム。奇々怪々」
 二人はガッカリして外へでた。
「まア、仕方がない。ひとつ、支局へ寄ってみようや」
 支局へ立ち寄ると、夕方五時ごろ本社から金口宛ての電話があって、午後十時四十七分着急行で、暁葉子と岩矢天狗が京都へ着くはずだから、その時間に京都駅へ行ってみろ、と、指令してある。
 ところが、彼らは失敗した。まッすぐ支局へ行けばよかったものを、新京極をブラついて、串カツで一杯ひっかけたりしたから、支局へ現れたのが、十一時五分だ。
 アッと叫んだが、後の祭り。それでも、汽車がおくれて着くかも知れないと、哀れな神だのみ、出かけようとすると、
「そう、そう。あなた方の代りに、別の迎えが行ってますよ」
「誰が?」
「ちょうど、五時半ごろでしたかネ。上野光子女史が現れて、大鹿と懇談したけれど、本社が金を出し渋るから、契約がまとまらない、と云うのですね。クサリきっていましたよ。それで、こんな電話があったが、大鹿問題に関係があるんじゃないかというと、大有りだ、これで脈があると云って、とびだしましたよ。停車場で、二人をつかまえて、話し合えば、なんとかなる見込みがあると言って、にわかに元気をとりもどしたようです」
「ハア。そうかい。こッちは一向に元気がもどらねえや」
 と、それでも車をとばして駅へ行ってみたが、急行列車は時間キッチリついて、もとより、急行から降りた客が、今ごろうろついている筈がない。
 二人は宿をとって、まさにヤケ酒をのむこととなってしまった。

   その四 殺人事件

 おそらく二人がまだヤケ酒をのみ終らない時刻であったろう。
 午前二時半ごろであった。
 大鹿にアトリエをかしている葉巻家の庭に面した廊下の雨戸をたたいて、助けをもとめる女の声が起った。葉巻太郎、次郎の兄弟が雨戸をあけると、立っているのは血まみれの暁葉子である。
「アッ。暁さん。どうしたんですか」
「大鹿さんが、殺されています」
「エッ。あなたは、どうかなさったんですか。どこか、おケガを」
「いいえ、私、気を失って、倒れてしまったのです。今まで気を失っていました。はやく、警察を」
 そこで、警察の活動となったのである。
 アトリエは二間半に三間の洋室が一間だけ。ほかに手洗い場と便所が附いているだけだ。ベッドと、洋服ダンスと、机と、テーブルに椅子が三つある。(図面参照)
[#アトリエ内の配置図(fig43190_02.png)入る]
 大鹿は戸口から一間ぐらいのところから、斜、中央に向って俯向きに倒れている。傷はいずれも背後から鋭利な刃物で突かれたもので、背中に四ヵ所、頸《くび》一ヵ所、メッタ刺しにされている。
 あたりは鮮血の海であった。壁から天井まで、血しぶきがとんでいる。
 暁葉子は訊問に答えて云った。
「私がここへ来ましたのは、午前零時ちょッと過ぎたころと思います。入口の扉には鍵がかかっていませんでしたが、アトリエの灯は消えていました。私は、しかし、扉をあけて、はいった右側にスイッチのあるのを知ってますから、すぐ電燈をつけました。私は室内を一目見て、茫然としました。駈けよって、ちょッと抱き起そうとしたように覚えています。もう大鹿さんの死んでいることに気付いて、私はその場に気を失ってしまったのです。ふと、我にかえって、葉巻さんの庭の雨戸をたたいたのです」
 たしかに葉子は血の海のなかに倒れていたに相違なかった。衣服も、顔も手も、血まみれであった。
「ハテナ。誰か屍体につまずいたのかな。ここに血にぬれた手型がある。あなたは、つまずきやしなかったでしょうね」
「私はつまずきません。すぐ灯
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