でいるのを見ても、この新聞は大鹿の噂を知ったらしい。
 煙山が京都駅から急行にのると、車中で上野光子にぶつかった。スラリと延びたからだを毛皮で包んで、どこの貴婦人かと見まがう様子だ。
「ヤア、御盛大だね。商用かい」
「あら、煙山さんこそ。誰をひッこぬきにいらしたの? 大鹿投手?」
「え? 大鹿が動くんかい?」
「しらッぱくれて。あなたの社の暁葉子と大鹿さんのロマンス、ちょッと教えてよ」
「え? なんだって? 初耳だな。君は、どこから、きいてきたのだ」
「そんなに、しらッぱくれるなら、きかなくッとも、いいですよ」
 光子はニヤリと笑って、自分の席へ行ってしまった。
 煙山は、とうとうイヤなことになったと思った。光子が関西の球団を当る限りは、大鹿の身売りは成功の見込みがない。しかし、東京へ行くとすれば、第一に、専売新聞、次に商売|敵《がたき》の桜映画会社である。この二つが大資本に物を云わせて、名選手を縦横無尽にひッこぬいている。現に朝日映画のラッキーストライクからも三名ひきぬかれている。
 こいつは油断がならないわい、と煙山も充分に心をかためた。
 社へ戻ると、大鹿の意向を社長につたえ、又
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