たのか」
 と、居古井警部が鋭くきいた。
「いくらか、あるさ。しかし、三百万で売れるなら、どんなに惚れた女でも、手放すね」彼は冷然と笑った。
「よし、まア、待ってろ。運転手にきけばわかることだ。どんな運転手だ」
「そっちで勝手に探すがいいや」
「ウン、そうするよ。あッちで、休んでいてくれ」
 岩矢天狗を退らせて、居古井警部は背延びした。
「ゆうべの京都のタクシーはだいぶ嵐山を往復したのがいるわけだ。ひとつ、探してくれ。それから、時間表を見せてくれ。博多行急行の米原着は、午後五時五分か。京都から午後にでかけて米原でそれに乗って戻ってくるには、一つしかない。京都発午後二時二十五分。米原着四時三十分か」
 居古井警部は目をとじて考えこんだ。
「米原まで出かけて行った淋しい不安な気持は分るが、しかし、ちょッと、契約書を見せてくれ」
 それを手にとって、睨んでいた。
「走る汽車の中でこんなハッキり毛筆で書けるかなア。停車時間以外にはなア」
 彼は又考えこんだが、一服投手をよばせた。
「君は大鹿君のところから帰るとき、上野光子さんの自動車とすれ違ったそうだネ」
「イエ、知りません」
「しかし、自動
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