てみますと、そうと知ってたわけではないが、とてもジッと京都に待ってられない不安におそわれ、フラフラと米原まで、急行を迎えに出たというんですね。米原京都間は急行はノンストップです。それで、上野光子とのイキサツなども車中で話してくれましたが、イヤ、心配するな、安心しろ、というわけで、汽車の中で、契約書を交して、三百万渡してやりました。新しい千円札は、こういう時に便利で、三百万といったって、あっちこっちのポケットへねじこめますね」
「ハテナ。その契約書は、墨で署名してありましたが」
「その通りです、ごらんなさい」
 煙山はカバンをあけて、矢立《やたて》をとりだして示した。
「野球の選手なんてものは、スズリだの毛筆だの、まア、持ってないのが多いもんです。ですから、私は、ちゃんとブラ下げて歩いています」
「さすがに細心なものですな。ところで、あなたは、東京から尾行した者があることを御存知でしたか」
「いいえ、それは知りませんでした。しかし、私の職業柄、常に尾行する者あるを予期して、行動しております」
「なるほど、それで分りました。ところで、あなたの東京発の時間を、誰か知っていたでしょうか」
「そ
前へ 次へ
全60ページ中46ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング