いえ、何か怪しいことにお気付きではなかったかと、おききしているのですよ」
「何一つ変ったことには気付きませんでしたね。私は車で駅へ走りました。駅で暁葉子氏をつかまえるまで、誰にも会いません。自動車の運転手を探して訊いてごらんになると、分るでしょう」
「なるほど、ハッキリした証人がいるわけですね。どんな運転手ですか」
「私は覚えていませんが、先方は覚えているでしょう。昨夜の話ですから」
「そうですとも。すると、十時ちかくまで、大鹿君は生きていたのですね」
「そうです」
「や、どうも御苦労さま。もう、ちょッと、調べがすむまで、待ってて下さい」
 葉子、光子、一服の三証人を署にとめておいて、集った資料だけで、捜査会議がひらかれた。
 とにかく、岩矢天狗と煙山の行方をさがすのが先決問題であった。

   その五 汽車の中の契約

 金口と木介は八時半ごろ支局の若い者に叩き起された。ヤケ酒のフツカヨイで、頭が痛み、まことに心気爽快でない。
「大事件が起りましたよ。大鹿投手が昨夜殺されたのです。支局長は捜査本部へつめかけていますよ」
「アレレ。予期せざる怪事件。犯人は誰だ」
「まだ分りゃしませんよ
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