子の誘惑の魔手にかかって関係を結んでおり、それを種におさえつけられているからであった。彼女に内幕をあばかれると、たいがいの名選手が家庭争議を起して、神経衰弱にならざるを得ない。
 そのニラミをきかせて、フリーの女スカウトをやりだしたのだ。大鹿が顔をあからめているところをみても、彼も亦誘惑にまけた一人だと見当がつくのである。
「光子はこの隠れ家を知っているのだね」
「いえ、この家は葉子さん以外は誰も知りません。上野光子とは外でレンラクしているのです」
「そうかい。それは、よかった。光子がカクサクしても、三百万という大金はどこの球団もださないと思うが、かりに、その口があったにしても保留しておいてくれ。すぐ返事をもってくるから」
「ハ。では、お待ちしています。葉子さんに、心配するな、と伝えて下さい」
「よし、心得た」
 煙山は直ちに東京へとって返す。三百万といえば、話にのる球団があろうとは思われないが、ただ問題は、専売新聞だ。あそこは打撃の一流どこをズラリと揃えたが、投手が足りない。大資本にモノを云わせて、必死に投手引きぬきに暗躍しているのだ。その新聞の記者が朝日撮影所の門前に葉子をはりこんでいるのを見ても、この新聞は大鹿の噂を知ったらしい。
 煙山が京都駅から急行にのると、車中で上野光子にぶつかった。スラリと延びたからだを毛皮で包んで、どこの貴婦人かと見まがう様子だ。
「ヤア、御盛大だね。商用かい」
「あら、煙山さんこそ。誰をひッこぬきにいらしたの? 大鹿投手?」
「え? 大鹿が動くんかい?」
「しらッぱくれて。あなたの社の暁葉子と大鹿さんのロマンス、ちょッと教えてよ」
「え? なんだって? 初耳だな。君は、どこから、きいてきたのだ」
「そんなに、しらッぱくれるなら、きかなくッとも、いいですよ」
 光子はニヤリと笑って、自分の席へ行ってしまった。
 煙山は、とうとうイヤなことになったと思った。光子が関西の球団を当る限りは、大鹿の身売りは成功の見込みがない。しかし、東京へ行くとすれば、第一に、専売新聞、次に商売|敵《がたき》の桜映画会社である。この二つが大資本に物を云わせて、名選手を縦横無尽にひッこぬいている。現に朝日映画のラッキーストライクからも三名ひきぬかれている。
 こいつは油断がならないわい、と煙山も充分に心をかためた。
 社へ戻ると、大鹿の意向を社長につたえ、又、上野光子が上京して、大鹿売りこみのカクサクをしていることも言い添えた。
「なアに。専売新聞や、桜映画にしたところで、新人投手に三百万だすかい。いいところ、百万だ。ただの五十万でも、ほかの選手から文句がでるだろうぜ」
「しかし、契約の条件によりけりですよ」
「だからさ。最も有利な条件で百万どまりにきまッとる」
「いや、専売新聞に欲しいのは投手です。これは油断ができません。我々に欲しいのも第一に投手。次に三番四番が足りない。もしラッキーストライクに大鹿が加入して、三番にピースの国府一塁手、四番にキャメルの桃山外野手がとれたら、攻守ともに百万ドル。優勝絶対です」
「それは優勝絶対にきまっとる。国府と桃山がとれるかい」
「必ず、とってみせます。百万ずつで、とってみせます。それを条件に、大鹿に三百万、やって下さい。私もスカウトをやるからには、絶対とれないという大鹿をとりたいのですよ。上野光子に負けたくありませんな」
「まア、君、国府と桃山をとってからの話にしようじゃないか。百万ずつで二人がとれたら、大鹿のことも考えてみよう。三人そろえば、優勝絶対だから」
「じゃ、当ってみます。二人がウンと云ったら、大鹿はキットですね」
「まア、二人のウンを先にきかせてくれ」
「よろしい。三日あとに吉報もってきます」
 煙山はただちに再び西下した。
 国府と桃山に当ってみると、百万円ならOKだという。煙山はよろこんだ。三日のうちに金をそろえてくるから、ほかの契約は断ってくれと念を押して、安心して、大鹿を訪ねた。
「ヤア、どうも返事がおくれて失礼した。実はコレコレで、国府と桃山の参加を条件に、その時は君にも三百万出そうと云う。どうやら国府と桃山には成功したから、よろこんでくれ。すぐ取って返して、三百万そろえてくるから」
「そうですか。実はちょッと、間の悪いことができたんです」
「どんなことが」
「実は岩矢天狗に二十日に三百万払うという約束をむすんだのです。二十日がせまっているのに、煙山さんから返事はこず、せっぱつまった気持のところへ、昨日、上野光子とレンラクがついたものですから、専売新聞か桜映画へたのんでくれ、どんな不利な条件でも、三百万になればいい、とたのんだのです」
「それは、まずいな。上野光子の返事は?」
「十九日の正午に料理屋で会うことになっています。きっと、成功してみせる、と云いきっ
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