たのです」
「それは困ったな。今日は十七日だね。十八日朝ついて、夜行で発って、十九日朝ついて、上野光子をだしぬくことはできるが、そうまでする必要はあるまい。私の方は確実なのだ。夜汽車で金を運ぶのは危険だから、十九日の朝たって夕方つく。私の方はハッキリしているのだから、上野光子がどうあろうとも、キッパリ拒絶してくれないか。さもなければ、上野をスッポカして会わないようにしてもらいたい」
「ハア。確実なら、そうします」
「むろん、確実だ。二十日に岩矢天狗に金を払うのは、どこだ」
「岩矢天狗が京都にくることになっています。葉子さんも、十九日の夜、こッちへ着くことになっています」
「そうかい。それなら、十九日中に間に合えばいいわけだ。かならず、約束を守るから、君も守ってくれ。暁葉子のためにも、わが社第一と考えてくれよ」
「ハ。わかりました」
そこで煙山は、安心して、東京へ戻った。敷島社長に以上の話をすると、上野光子の話がそこまで出来かかっている以上、ひくわけにはいかない。
「よろしい。約束通り、大鹿をとろう。今日の夕方までに五百万そろえておくよ」
「そうですか。カバンを持って、うけとりに来ますよ」
「君は今夜たつのかい」
「いえ、明朝たちます。夜汽車に金を運ぶのは危険ですし、上野光子にぶつかっても、まずいでしょう。朝の急行の一番早いの、七時三十分にたちます。九時発の特急ツバメが、おそく発車して早くアチラへ着くのですが、特急は知った顔に会いますから、わざと七時三十分にたちます」
「よかろう」
夕方まで時間があるので、小糸ミノリの家を訪ねて、暁葉子に会った。三百万円の契約がととのったムネを知らせると、安心して、涙ぐんでしまった。
「君も明日、京都へ行くそうじゃないか」
「ええ」
「あんまり、目立たないようにしてくれよ。何時の汽車だね」
「午後一時、東京発。京都へは夜の十一時ちかくに着くはずなんです。岩矢と約束があるのです。汽車のなかで岩矢と二人だけの話をつけるつもりなのです」
「それは大鹿君が知っているのかね」
「いいえ」
葉子は、苦しそうに、うつむいた。
「ずいぶん危険な話じゃないか。私が京都駅へ出迎えてあげようか」
「いいえ、危険はありません。身をまもる方法を知っていますから」
「そうかね。まア、気をつけてくれたまえ」
午後三時半ごろ、煙山は五百万円うけとった。千円札で三百八十万。百円札で百二十万。百円札が大変だ。トランク二つの荷物になってしまった。
ところが、その夜の六時ごろである。
専売新聞の社会部の電話がなる。居合した羅宇木介がとりあげると、ききなれない男の声で、
「専売新聞ですね。ハア、あのね。野球通の人にたのまれたのですが、明朝七時三十分発博多行急行にラッキーストライクの煙山スカウトがのるから、尾行してみたまえ、という話ですよ。サヨナラ」
ガチャリときれた。
暁葉子にかかりきって大鹿とのロマンス、大鹿の居所などを追っかけていた木介は、ギョッとして、金口《きんくち》副部長をふりかえり、
「変な電話ですぜ。これこれです」
「ふウン。部長に知らせろ」
部長の自宅へ電話で指令を乞うと、
「実はな。大鹿のことでは、上野光子が引ッこぬきの話をもちこんでるんだ。上野光子は今夜の夜行で、京都へ行く筈だが、この引ッこぬきは金額の上で折合わなかったから、失敗するかも知れん。煙山がでかけるとすれば、これも大鹿ひきぬきだ。こッちが引ッこぬきに失敗したら、暁葉子のロマンスを素ッぱぬいてやれ。煙山をつけでみろ。そして、大鹿の愛の巣を突きとめておけ。煙山をつけて行けば、自然にわかるだろう。わかったな」
「ハ」
そこで木介は伝票をもらって、出張の用意をととのえた。
その二 一月十九日正午――一時
とある料亭の別室で、向い合って話しているのは、大鹿と上野光子である。
「桜映画じゃ、一流投手二三人引ッこぬきに成功したらしいのよ。それで、大鹿さんのこと、うけつけてくれないの。それで専売新聞にかけあったんだけど、どうしても、百万までね。まア、それが、ホントのところ、あなたのギリギリよ」
大鹿はむしろそれでホッとした顔だ。
「いえ、もう、その話は、いいですよ。どうも、お世話さまでした」
「アラ。アッサリしてるわね。やっぱり、ラッキーストライクがいいのね。暁葉子さんのいるところが」
「いえ、そんな話はありませんよ」
「ウソ仰有い。今夜、煙山クンがこッちへ来るでしょう」
「そんな話、知らないですね」
「フン」光子の眉間にピリピリ癇癪が走った。
「あなた、専売新聞のネービーカット軍に移籍しなさい。お約束の三百万、だします。専売から、百万。私から、二百万。私の全財産ですわ。どう?」
「もう、お金の必要がなくなったんです」
「なに云ってんのさ。
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