と、一服の男三名、及び、暁葉子、上野光子、計五名の関係者を、署の柔道場に見張りをつけて休息させた。
 まもなく、一人の警官が居古井のところへ来て、
「東京の新聞記者が、うるさくて困るんですがな。オレたちを、監禁するとは何事だ。出せ、と怒鳴りましてね。暴れるわ、騒ぐわ、手に負えまへんわ」
「アッ。そうか。あれも道場へ押しこめたのかい。あれは、いいのだ。出してやってくれ。それから、ここへ連れてきてくれよ」
 木介はカンシャク玉をハレツさせ、金口はニヤニヤしながら、案内されてやってきた。
「ふてえぞ。京都の警察は」
「まア、まア。カンベンしてくれ」
「よせやい。我等こと、捜査のヒントを与えてやろうと天壌《てんじょう》無窮の慈善的精神によってフツカヨイだというのに、こういう俗界へ降臨してやったんだぞ。アン、コラ」
「すまん、すまん。フツカヨイの薬をベンショウするから、キゲンをなおしてくれよ。ちょうどお午だ。ベントウをたべてってくれ」
 居古井警部は、サントリーウイスキーをとりだして、二人にさした。
「収賄罪にならんかネ」
 木介はキゲンをなおして乾杯した。
「ねえ、居古井さん。我等こと、多少の尽力を惜しまなかったんだから、そちらも、ちょッと、もらしてくれまへんどすか、ほかの新聞にもらさんことをネ」
「それは、キミ、もらすも、もらさんも、あるもんか。君らの尾行記は、うけるぜ」
「おだてなさんな」
「ときに昨日の朝の七時三十分だったネ。君らが煙山さんの姿を最初見つけたとき、彼の服装はどうだった」
「今日のと同じさ。シャッポとマフラーが違うだけだ」
「マスクは?」
「そのときは、かけてなかったネ。マスクかけて、マフラーにうずまッてたんじゃ、見分けがつかねえや。コチトラ、二度見かけただけの顔だから」
「そうかい。よく分ったな」
「からかいなさんな。第一ヒントを、ひとつ、たのむ」
「アッハッハ。第一ヒントは、君から、もらったんだよ」
「いけねえな。じゃア、第二ヒントは?」
「第二ヒントは、上野光子が与えてくれたね」
「どんなヒントさ」
「まア、待ってくれ。今日中に、必ず、わかる。犯人をあげてみせるよ。まア、君に、第三ヒントだけ与えておこう。いいかい、血しぶきが壁にとび散ってるんだから、犯人は全身に血をかぶったろうと思うよ。ところが、葉子のほかに、衣服が血まみれという人物がいない。岩矢天狗の衣服に血液は附着しているが、血を浴びたという性質のものではないね。しかし、犯人の衣服は血しぶきを浴びている筈なんだ。そして、誰の部屋からも、血しぶきの衣服は出てこないのさ。これが第三ヒントだよ」
「全然わからんですわ」
「ま、君たち、尾行記でも書いていたまえ。吉報がきたら、最初に知らせてあげる」
 夕方になった。日がくれた。六時ごろだ。
 電話のベルが鳴る。受話器をつかんで、きいていた居古井警部は、みるみる緊張した。
 受話器をおくと、二人に叫んだ。
「さア、一しょに来たまえ。恩人。君たちのおかげだよ。君たちが犯人を教えてくれたんだ。そのイワレは車の中で説明するよ。さア、出動! 犯人がわかったぞ」警部は二人をつれて、自動車に乗りこむ。数台の車が、つづいて走りだした。
「君たちの尾行を分析すると、犯人が分ってくるのさ」
 居古井警部はキゲンよく説明しはじめた。
「いいかね。汽車の中で、マスクをかけ、マフラーに顔をうずめ、時々席を変えたり、帽子やマフラーをとりかえて変装するという煙山が、寒気のきびしい早朝の外気の中を、汽車にのりこむまでマスクもかけず、顔をさらして駅の構内を歩いてきたことを考えると、まずこの事件の謎の一角がとけるのだよ。なぜ顔をムキだして歩いて来たか。ある人に顔を見せる必要があったからさ。ある人とは、君たちなんだよ。ここまで分れば、電話の謎がとけるだろう。電話をかけたのは煙山自身だ。彼はキミたちに尾行される必要があったのだ。なぜなら、七時三十分発の汽車にのったと見せかけるために」
「じゃア、乗らなかったんですか」
「乗りました。しばらくはネ。恐らく熱海か静岡あたりで下車して、あとから来た特急ツバメに乗りかえたのだろう。なぜなら、京都へ君たちよりも一足早く到着する必要があった。ツバメは一時間半もおそく出発するが、京都に着くまでには追いぬいて、約一時間四十分も逆にひらいてしまうだろう。この一時間四十分に仕事をする必要があったのさ。京都へつくと、彼は車をいそがせて、大鹿のアトリエにかけつけ、三百万円を渡して、契約書を交した。なぜ、こうする必要があるかというと、お金を渡し、契約書を交してからでないと、大鹿を殺しても、三百万円を奪うことができないからだ。ところが煙山は君らに尾行させている。尾行をつけて大鹿の隠れ家へのりこむことはできないのさ。なぜなら、君らは
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