追跡。新淀川を渡って、吹田《すいた》の近くへ戻ってきて、小さな住宅の前へとまる。
 金口は自分で降りていって、煙山の運転手に、
「オレたちは怪しいものじゃない。新聞記者だ。ちょッとワケがあって、つけているから、つけ易いようにカーブのとき、たのむぜ」
 と、チップをにぎらせた。
 そして煙山のはいった家の門札を見ると、驚いた。キャメル軍の猛打者桃山外野手の住居である。
「敵は桃山か。こいつは、虚をつかれたな。さすがに、やりおるわい」
 十四五分もたつと、煙山は出てきた。又、追跡、車は国道をブッ飛ばしてグングン京都の方角へ戻る。細い道へまがりこんで、辿りついたのが、山崎の里。相当な門構えの家の中へ、煙山は消えこんだ。
 そこの門札をしらべると、ピース軍の至宝、好打の国府一塁の生家である。
「いよいよ出でて、いよいよ奇、やりおる、やりおる」
「怪物の名にそむきませんなア。敵ながら、アッパレな奴ッちゃ。これで札束がだいぶ減りおったろう」
 木介は札束ばかり気にしている。
「モク介。この契約金、いくらと思う」
「罪なこと考えさせる手はねエですわ」
 また十四五分で煙山が現れる。
 自動車は一散に京都へ。
「なるほどねえ。ちゃんと諸事片づけて、大鹿の隠れ家へか。敵は順を考えとる。コチトラの追跡、知ってやせんですか」
「そうかも知れん。汽車の中から、ちゃんと見抜きおったかな」
「どうも、いけませんわ。札束のヘリメにしたがって、コチトラの腹がへるらしい。はやくヤケ酒がのみたいな」
 車は京都の市街へはいった。車の止ったところは、河原町四条を下って、はいった、裏通りの、小粋な家。しかし、小ッちゃな、料理屋のようなところ。しかし、旅館の看板がぶらさがっている。そこまで送って自動車は戻っていく。二人も車を降りた。
「さては、ここが大鹿の隠れ家かな。よろし、こうなったら、オイラも泊りこんでやれ」
「よか、よか」
 二人が旅館の玄関へ立つと、老婆がチョコチョコ出てきて、
「おいでやす」
「お部屋ありますか」
「お部屋どすか。あいにくどすなア。満員どすわ」
「今、一人、はいったでしょう」
「ハア、予約してはりましたんや」
「ズッと長く泊ってる人が一人いるでしょう」
「どないなお人どすねん」
「六尺ぐらいの大きい男」
「知りまへんなア」
「今、はいった人の知り合いの若い大男」
「知りまへんなア」
 仕方がないから、二人は廻れ右。時計を見ると、九時五十分。
「アッ。ここに、ウドン屋があらア。一杯のんで、きいてみようや」
「それあるかな」
 熱カンをつけてもらって、前の旅館に大男が泊っていないかサグリを入れるが要領を得ない。
「オッサン、野球、見ないかね」
「野球やったら、メシよりも好ッきやね」
「チェスターの大鹿投手、知ってるかい」
「スモークピッチャーや。ヒイキしてまんね」
「その大男や。前の旅館に泊っとらんか、そういう人物は」
「見かけまへんなア」知らなければ、長居は無用。
「ままよ。当ってくだけろ。いっそ、煙山に面会を申込もうや。相手が、どう出るか、やぶれかぶれさ」
「がってん」
 そこで再び旅館にとって返して、
「さっきの煙山さんに会いたいが」
「ハア。煙山はん、御散歩におでかけどすわ」
「ヤヤ」
 木介は奇声を発した。金口はさすがに落着いて、
「どんな姿。宿のドテラ」
「いえ、洋服どした」
「さては、カバンをぶらさげて!」
 木介、カバンの執念、でかい声で、思わず、わめく。老婆はビックリして、
「いえ、カバンは置いてかはりましたんや。散歩どすよってなア」
「フーム。奇々怪々」
 二人はガッカリして外へでた。
「まア、仕方がない。ひとつ、支局へ寄ってみようや」
 支局へ立ち寄ると、夕方五時ごろ本社から金口宛ての電話があって、午後十時四十七分着急行で、暁葉子と岩矢天狗が京都へ着くはずだから、その時間に京都駅へ行ってみろ、と、指令してある。
 ところが、彼らは失敗した。まッすぐ支局へ行けばよかったものを、新京極をブラついて、串カツで一杯ひっかけたりしたから、支局へ現れたのが、十一時五分だ。
 アッと叫んだが、後の祭り。それでも、汽車がおくれて着くかも知れないと、哀れな神だのみ、出かけようとすると、
「そう、そう。あなた方の代りに、別の迎えが行ってますよ」
「誰が?」
「ちょうど、五時半ごろでしたかネ。上野光子女史が現れて、大鹿と懇談したけれど、本社が金を出し渋るから、契約がまとまらない、と云うのですね。クサリきっていましたよ。それで、こんな電話があったが、大鹿問題に関係があるんじゃないかというと、大有りだ、これで脈があると云って、とびだしましたよ。停車場で、二人をつかまえて、話し合えば、なんとかなる見込みがあると言って、にわかに元気をとりもどしたようです
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