車とすれ違ったろう」
「さア、どうですか、覚えがありませんよ」
「だって、あんな淋しい道に、かなり、おそい時刻だもの、印象に残りそうなものじゃないか」
「でも、考えごとをしていたせいでしょう」
「そうかい。どうも、ありがとう」
 居古井警部は、長い瞑想の後、呟いた。
「どうしても、犯人はあれだけしかないネ、ハッキリしとるよ」
 そして快心の笑《えみ》をもらした。


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    犯人は誰か?

「投手殺人事件」の凡《すべ》ての鍵は、これまでに残らず出しつくされました。作者は、もはや一言半句の附言を要しません。
 クサイあやしい人間が右往左往して、読者諸君の推理を妨げますが、諸君は論理的に既に犯人を充分に指摘することができる筈です。
 犯人は誰でしょうか?
 さア、犯人を探して下さい。
[#ここで字下げ終わり]


   解決篇

 居古井警部は立ち上って命令した。
「すまんが、各署へ、応援をたのんでくれ。印象が稀薄になると、困るんだな。今日中に探しだすのだ」
「何をですか」
「自動車だ」
「自動車は、もう、探しにだしています。岩矢天狗と上野光子をのせて嵐山を往復した自動車、二台」
「イヤ、それじゃない。片道だけしか行かなかった自動車なんだ。嵐山まで、片道人を運んだ自動車、みんな探してつれてこいよ」
「全部ですか」
「全部。起点は、どこからでもいい。ただし、昨日の夕方の五時ごろから、嵐山まで人を運んだ自動車。そして、男を運んだ自動車だけでいい。又、乗客が一人よりも多いのは、よばなくともよい。夕方五時から深夜の十二時ごろまで、一人の男をのせて嵐山へ走った自動車、全部よぶのだ」
 居古井警部は、ちょッと考えて、言葉をつけたした。
「もう一つ、もっと重大な、しかし、もっと雲をつかむような探し物があるんだがな。第一に、アパート。次に下宿。素人下宿もだ。シモタヤでも別荘でも寺院でもね。それから、旅館。あらゆるところを尋ねてくれ。部屋を借りていて、借り手が時々しか現れないというところを、みんな突きとめるのだ。そして、借り手が、昨夜、現れなかったか、きいてくるのだ。借り手は男、中年の男だ」
 各署からの応援が集ると、居古井警部は、部屋と、自動車と二つの部隊に分けて、一同に注意を与えて、それぞれ区域を定めて八方に捜査に散らした。
 そして、岩矢天狗と、煙山
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