揆には関係なかつたのだ。
私が島原へでかける前日、長崎のことに精通した人がゐるから、一度戸塚の大観堂へ立寄るやうに、といふ話であつた。私は大観堂へでかけた。最初、折から遊びに来てゐた早稲田の野球の指方選手が教へてくれた。長崎へ着き次第、本屋へかけつけ「市民読本」といふのを買つて読むといゝ、さういふ話であつた。あいにくのことに、この本は、もう長崎に一冊もなかつたのである。
次に指方選手よりも、もつと精通した人が、駈けつけてくれた。この人の精密極る案内図によつて、私は楽な旅行をたのしむことができたのである。
「郊外に戸町といふ所があつて」その人は説明した。「大波止から渡船で行くのですが、そこには、怪しげな遊廓があります」
私はそれを覚えてゐた。私の旅行は切支丹の資料の調査のためであつたが、旅行の日程といふものが、目的のための目的だけで終始一貫しないことを、神の如くに看抜いてゐる説明ぶりであつたのである。
私は長崎へついて、まつさきに、数種の案内書と地図を買つた。目当の土地へつき、知らない土地を目の前にして、地図をひろげるぐらゐ幸福な時はない。
戸町――あ。怪しげな遊廓のある所だな
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