では、それに相応の訳語があるが、当時は適訳がなかつたので、でうす(神)はらいそ(天国)いんへるの(地獄)くるす(十字架)といふ風に、こんな名詞まで外国語のまゝ用ひてゐた。こんちりさん、さからめんと、ゑけれぢや、どみんごす、などゝ、千にも近い南蛮語がそのまゝ使用されてゐては、九字を切つても、まに合はない。
 一方、一揆軍も大いに妖術を用ひたと言はれた。俗書では、天草四郎も忍術使ひになつてゐるのだ。そのうへ、金鍔《きんつば》次兵衛が登場したとも言はれてゐる。蓋し金鍔次兵衛は、青史にその名をとゞめる切支丹伴天連妖術使ひの張本人で、この伴天連が実際島原の乱に登場すれば話は面白くなるのだけれども、あいにく彼はその直前に長崎で捕はれ、一揆の直前十二月六日、穴に吊されて刑死してゐる。だから、一揆に関係はない。
 金鍔次兵衛は洗礼名をトマスと言ひ、姓は落合であるらしい。大村の生れ。父レオ小右衛門、母クララは共に殉教者であつた。彼は有馬のセミナリヨで勉学し、特にラテン語にその天才を現したが、一六二二年大殉教の年、二十二歳でマニラへ渡り、アウグスチノ会の司祭に補せられた。金鍔次兵衛は日本の渾名で、教会の記
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