に進歩も向上も有り得ない。
 その失敗に負けて一生が破綻してしまうような無自覚な生き方がダメなので、失敗を成功の母とし、向上のフミキリとする自覚的な生き方を持たねばならぬ。生活の向上はこのようにして行われる。
 男女の交際とか恋愛とか、そのようなものは各人がその個性と生活環境に応じて行うべきもので、フヘン的な法則などは有るべきものでなく、それ故にこそ如何に生くべきかということが常に各人の問題となるのである。
 日本のような貧乏国では、これから立直るにしても、決して各人が余裕ある生活などはできないだろう。その我々が生活程度の高い外国の風習をとりいれても片チンバになるのは当然で、とり入れるならその片チンバを覚悟の上で、そこから起るかも知れぬ破綻を自覚の上でやるべきだろう。

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 ダンスに罪ありと云うが、別にダンス自体に罪のある筈はない。とり入れ方が不用意のせいで要は教養が不足のせいだ。何物も禁止する必要はない。たゞ受け入れる側の用意、つまり教養、自覚内省の確立せられた足場をつくることに重点をおかねばならぬ。
 昔から、道楽者に限って、子女の道楽を気にやみ、あれをするな、これをするなオセッカイな説教屋になりがちなものだ。
 それというのが、道楽者はわが生き方として、如何に生くべきか、その地盤の上で遊んだわけではなく、低俗な感傷や、程よい風流心、享楽好きの本能や、持ち合せの財産によって遊んだのだから、男女関係を罪悪感で知っているにすぎないのである。
 道楽者の道義感は日本伝統の道義感で、処女を失うと一切の純潔を失うような、極度に肉体そのものゝ考え方しかできない。そのような肉体的な道義感に裏づけられていたから、男女の交際というとイヤでも肉体、さっそく肉体、却って親たちの歪んだ道義感が肉体的な交際をかりたてゝいたようなものだ。
 若い人たちというものは、道楽者の道義感と違って、みんな胸にともかく理想の光を宿しているものだ。若い者に全部まかしておく方が、親が変に手配するよりも却って無難なもので、悪く気を廻さぬ方がよいものだ。
 終戦後、親たちの権威や道義感が失墜し、青年たちに自律性が現われたことは喜ぶべきことで、先日ダンスホールの支配人の話に、ちかごろのダンサーは無軌道な色慾派と同時に非常に多くの処女がおり、こういうことは戦前のホールになかった現象だというが、若い人たちの生活に自律性が現れ自我の責任に於て万事を行うようになれば、こういう現象が起るのは当然で、道楽親父の道徳派がダンスは国を亡すなどゝは大間違い、人間の生活の向上は、こんなところから、こんな風に現れてくるものなのである。
 私は若い人たちが好きだ、若い人たちはみんな正義を愛し真理を愛し自我の向上を心がけているものだからだ。若者はいつの時代もそういうものだ。
 けれども年と共に正義感は衰え、向上心は失われ、世間ずれのした不平家や、悟りすました大人になってしまう。
 だから又若い人々は自己の胸に宿る正義感や真理愛や向上心を過信してはいけない。それは若さというものに自然に宿ったいわば本能的なものにすぎないからで、決して努力によるものではない。処女が本能的にその純潔を守ろうとすることゝ同じことで、そこまでは本能にすぎないのである。
 私自身の一生をふりかえって判断して、青春時代はひどく暗いものであり、重たいものである。つまり生命力とか希望に溢れるということは、同じ程度の絶望や失意や未来の恐怖に溢れていることでもあって、如何に生くべきか、それを思いめぐらして、楽天的でありうるものではない。
 だから又、青春とはひどく疲れているものであり、えゝ、どうにとなれ、ひどくステバチな気持になり易いものである。私自身が幾度ステバチになったか知れず、そんな時に魂の高さをもった女友達があることが、起き上る力になってくれるものであった。

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 然しそういう若い男女の交際というものは極めて夢幻的なもので、男も女も相手をその有るまゝに見ているわけではなく、自分の理想を投影して眺めており、したがって相手が自分に投影している理想の男や女に自分もなろうとするハタラキもあるけれども、他面にはひどく疲れるものである。
 それを恋愛とよぶなら、青春の恋愛は超現実的な夢幻世界で、これもやっぱり本能に属する世界であるにすぎず、その夢はやがて破れ、冷めたい現実が、そのありのまゝの冷めたさでノッピキならぬ姿をつきつけてくるに極っている。
 こういう夢幻世界が終ったところから、人生が、生活がはじまってくることを知らなければならない。冷酷な現実ありのまゝのものが人生で、それを土台にした上で、我々の如何に生くべきかという本当の設計が始まることゝなるのである。
 若いうちの男女交際、ひいては
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