関さんだとか、元巡査山口さん、祇園乙部|見番《けんばん》のおつさん杉本さん等々、額を集めて町内会議がひらかれる。この元巡査がアルコール中毒で、頼りにならないこと夥しく、会議は専ら猥談の方へ進行するばかり、とても埒があかないのである。然らば先生に頼めといふので、親爺の奴山のやうな捜査資料を僕のところへ担ぎこんだ。流石大磐石の先生も目を廻しさうな、大変な手紙の山だ。
 渋々手紙の山を受取つて、さて、読んでみると、驚いた。手紙は大方不良少女同士の文通だが、昨日スケート場で中学の三年生の可愛い子をひつかけたから見せてあげるとか、予科のこども譲つてくれてメニサンクス。貴女に紹介された大学生、つきあつてみると、せんど厭らしい奴やないの。あたしの少年奪つた何子さんに、うち復讐せんならん、等々々。
 不良少女なんぞいふてあい[#「てあい」に傍点]を最も月並に考へて、老若二人のもぐりの騎士を常々ひやかすことにのみ専念してゐた小生も、俄に彼女等の非凡きはまる天才に驚き、「吹雪物語」もうつちやらかして、悦に入つて手紙の山を読みほぐし、遂に夜の白むのも忘れてしまふといふていたらくであつた。
「先生、てがかり、おまへんか」と翌朝親爺が現れた時、小生徹夜つづきの尚も法悦極まりない最中だから「まてまて、今に見つける」などと血走つた眼をして勿体ぶれば、親爺はへえーと敬々《うやうや》しく引退るといふ上乗の首尾である。かくして、名探偵の活躍がはじまることになつた。

       (二)[#「(二)」は縦中横]

 シャーロック・ホームズに於けるワトスンの如く、私立探偵は助手が入用ときまつてゐる。翌朝早速京宝撮影所へ電話をかけ、三宅君にサボつてもらふことにした。直に駈つけた三宅君、不良少女の手紙の山を読みはじめると、ウームと痛烈な呻きを発して喰ひつくやうに手紙を握り、あとは小生の言葉も耳にはいらぬ有様である。
「こりや、いいな。早速片つぱしから、不良少女を訪問しませうや。男の子譲つてくれてメニサンクスなんてのは、こりや、どうせシャンぢやないな。かういふ奴は後まはしにして、このスケートは相当のシャンだね。まづ最初にこの子のところへまはつて――」
 と、勇み立つこと限りもない。これは大変な助手を頼んでしまつたと小生甚だ怖れをなしたが、小生以上に慌てたのが食堂の親爺夫婦で「うちの娘探すついでに、よその嬢さん
前へ 次へ
全5ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング