知る。まことに真理は単純であり、その通り、永遠不変の実相なのである。電車が有りあまれば、押せといっても押しはせぬ。物資に事欠くことがなければ、何者が盗むであろうか。昔からそうである。戦争のせいではない。人が物を盗むのは、物に窮しているからである。
われわれは同胞を信頼しなければならぬ。なぜなら、二合五勺のその又二十数日の欠配、千八百円ベース、この窮乏にあって、われわれはかくも安穏ではないか。暴動一つ起りはせぬ。ピストル強盗と申しても数えるほどのことであり、この万民窮乏の実相から見て、むしろ驚くほど少い犯罪数だと私は思う。
盗人や殺人強盗というものは、私の青年期の不況時代にも、ずいぶん多かった。不況時代となり、職を失い、窮すれば、平和な時代でも犯罪は絶えない。今は窮乏のドン底時代だから、その数が多く、かつ、戦争という悪夢の中で生育して冷酷さに無感動となったために、いらざる血を見る事件がふえた。そこにハッキリ漂うものは戦争の匂いである。人を憎むべからず、罪を憎むべからず、戦争を呪うべし。それにつけても、この窮乏の実相にもかかわらず、むしろ犯罪は極めて少いということの方を、むしろわれわれ
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