いふものになつたにしても、かういふ形にはならなかつたに相違ない。要するに小林の魂は生長しつゝあつたから、戦争の影響を受けて生長した。彼はたぶん、真実、愛国者であつたであらう。彼は戦争には協力しなかつたが、祖国の宿命には身を以て魂を以て協力した。そして彼は知らざる戦争の、否、殉国の愛情の影響によつて、いつかずる/\と日本的諦観の底へ沈みこんで行つたのだ。
愛国の情熱は羞ぢ悲しむ必要は毫もない。小林は戦争に協力せず、たゞ、祖国の悲痛なる宿命に協力したのである。
真実己れを愛する人は隣人を愛し、祖国を愛し、人類を愛し、人間を愛するであらう。なんとまあ、日本の作家は戦争と共に変貌しなかつたことよ。彼等はそろつて変貌した、形だけ。
然し小林が戦争の影響によつて、「無常といふこと」の如き諦観へ落ちこんで行つたことに就ては、多くの論ずべきことがある。彼はイコヂで、常に傲然肩を怒らして、他に対して屈することがないやうに見えるけれども、実際は風にもそよぐやうな素直な魂の人で、実は非常に鋭敏に外部からの影響を受けて、内部から変貌しつゞけた人であり、この戦争の影響で、反抗や或ひは逆に積極的な力の論者となり得ずに諦観へ沈みこんで行つたことなぞも、彼にとつて自然であつても、私は必ずしも文学的に「望ましい」変貌であつたとは思つてゐない。勝利の変貌であるよりも、敗北の変貌であつたやうだ。
彼は祖国の宿命に負けたのだ。然し、これに就ては、私は近く「小林秀雄論」を書く予定になつてゐるから、今はこれだけでやめることにしよう。
丹羽文雄の「現代史」は形だけの変貌の悪見本だ。日本が戦争に勝つたならばこの小説は発表することが出来なかつたであらう、と丹羽は序文に言ふのであるが、この小説の発表する、されないの焦点は、ジャーナリストの関心で、文学者の関心とは話が違ふ。
だいたい、この小説の構成原理は、文学でなしに、ジャーナリズムの原理によつて成されてゐる。つまり、この小説は、人間が動きだすことによつてその内部的な又外部的な必然から、(或ひは偶然でも構はない)事件が生起し構成されてくるのでなしに、たゞノリとハサミと文章によつて歴史的事象をつなぎ合せ組み合せた読物にすぎない。読物と文学をゴッチャにしてはいけない。
今までの日本は文学でなしに読物が多すぎた。おまけに読物が読物としてゞなしに、文学として、純
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