親しむよりも葛巻義敏、本多信、若園清太郎のどれかを選ぶ方がいいのだと。その度に、彼はさらに私に激しく反抗するかのやうな、蒼白な、表情のない顔をして決して一言も答へはしなかつた。
 断つておくが、長島と私との間には世間的なライバルとか、恋敵とかいふ関係は完全になかつた。のみならず、さういふ世間的な関係はたとひ有つたにしても悲劇的な確執を生みがたい奇妙な和合と温かさがあつた。全てはそれよりもより悲惨な性格の中にあつたのである。のみならず、悲劇的といふ言葉はただ彼にのみ当てはまるのであつて、私自身は事彼に関する限り永遠に帝王の如く完き無神経をもつに止まるといふ宿命のもとにあつたのである。
 彼の宿命的な不幸は、更に彼の病弱の中にもあつた。春の訪れる度に狂的な精神状態になるといふこのことである。つまり、彼の感受性はとぎすましたやうに鋭敏になるにも拘らず、逆に表現の能力を阻碍《そがい》されるといふ悲劇的な一事である。これは生理的に如何ともなしがたい事柄であつたのだらう。
 彼は恐ろしく鋭敏な、頭のいい男であつた。ことに語学には天才であつた。私と一緒にラテン語を習ひだしたのであるが、私が辞書をひく
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