が、私が辞書をひくにも苦労している頃に、彼は已に原書を相当楽に読みこなしていた。その当時は私も語学には全力を打ち込んでいた頃で、別に怠けてもいなかったのであるが。
さりとて、彼はディレッタントと呼ぶべき人間でもない。彼の生活はディレッタント風の女性的なものではなく、あまりに凄惨で生ま生ましかった。併し、ディレッタント式の宿命的な眼高手低は、生理的にどうすることもできなかったのである。
晩年彼は株に手を出していた。父親の影響で――或いは寧ろ父親にすすめられて、この方面に関係していたらしいが、彼はその方面では立派に玄人の素質があったし、くろうと以上の或る神秘的な能力さえあったらしい。そうして、女から女へと盛んに惚れていたそうである。このことは彼の妹さんから最近きかされて吃驚した話であって、実のところ、私は彼のそういう生活は想像してみたこともなかった。なぜなら、彼は私等の前では女の話は全くしなかったからだし、それらしいどんな素振りも見せなかったからである。彼が私等の前で被っている仮面に就ては最も簡単な解釈で片づけることも出来そうであるが、私は今そう簡単に片づけることができない気持でいる。
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