るために返答しなかったわけではないだろうと思われる。所詮、この男は、この悲惨な結果を生まざるを得ない宿命人であったのだろう。
 長島は危篤の病床で私一人を残して家族に退席してもらってから、私に死んでくれと言った。私が生きていては死にきれないと言うのである。そうして死んだらきっと私を呼ぶと言った。死ぬまぎわには幽霊になって現れるなぞとも言ったのである。そうして私に怖ろしくなったろうと狂気の眼を輝やかして叫ぶので、私があたりまえだと言ったら、世にも無慙な落胆を表わしてそれっきり沈黙してしまった。
 併し、正直に白状すると、私はそれほど怖くはなかったのである。彼はその悲惨な宿命として、彼の如何なる激しい意志をもってしても、到底私を怖がらしたり圧迫したりすることは出来ない因果な性格を持っている。私は無神経なること白昼の蟇の如き冷然たる生物であって、デリケートな彼はその点に於て最も敵対しがたいのである。それにも拘らず、彼は私のような蟇の意志、蟇の無神経をもつところの人間を相手として友達に選び、それに抵抗しつつも最も親しまざるを得ない悲劇的な性格を与えられていたのであろう。
 私は彼の生前によく彼
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