てますよ。自分は横に突っ立って、腕組みをしながら、ジイーッと見てますよ。物を云わないね。真剣勝負の立会人だと思やマチガイなしでさア。雨が降っても欠かしたことがないから、裏の庭はマキの山でいっぱいでさア。あのマキを何に使うつもりだろうね」
「内職じゃアないのか」
「冗談じゃアないよ。魚屋がついでにスシを商うとか、夏は氷を商うぐらいの内職はするでしょうが、マキ屋を内職にすることはないよ。マキ割りの横に腕組みをしてジイーッと立ってる姿を見てごらんなさい。生きながら幽霊の執念がこもってまさア。凄いの、なんの。見てるだけでゾオーッとしますよ。にわかに逆上して、マキ割りをふりかぶって、一家殺しをやらなきゃアいいがね」
「フーン。穏やかじゃないね」
「ええ、も、穏やかじゃありません。ワタシャ心配でね。ついでにこッちへ踏みこまれちゃ目も当てられない。猛犬をゆずりたがってるような人はいませんかなア」
床屋は噂の発祥地。申分のない地の利をしめているから、源サンの流言はたちまち町内にひろがった。おくればせながら金サンの耳にもとどいたから、
「ウーム。このデマは源次の野郎が張本人にきまっている。よーし。覚えてやがれ。今に仕返ししてやるから」
金サンは大そう腹をたてた。
易者にたのんで豆名人を探すこと
魚屋の裏に金サンの家作があって、トビの一家が店借《たなが》りをしている。そのまた二階を間借りしているのが天元堂という易者であった。天元堂は窓の下に日々カサを増していくマキの山を見るにつけて、これをなんとか安く買って一モウケしたいものだと思った。一日魚屋を訪れて、
「旦那、裏のマキはモッタイないね。旦那のことだから、あれを売って商売なさる筈はないが、どうでしょうね。あれを安く、元値でゆずって下さいな。私に一モウケさせて下さい。恩にきますよ」
金サンは天元堂が市では一二を争う将棋指しだということを思いだしたから、
「お前は将棋が強いんだってね」
「それで身を持ちくずしたこともありましてね。賭け将棋に凝って、もうけるよりも、損をしました」
「それじゃアよほど強かろう。どうだい。あの床屋の鼻たれは、いくらか強いか」
「子供にしちゃア指しますが、私もあの年頃にはあのぐらいに指しましたよ」
「へえ、そうか。すると、子供であの鼻たれを負かす者も珍しくないな」
「そうですとも。あれよりも二三年下、小学校の五六年であれを負かすのも珍しくはありませんな。東京の将棋の会所には、同年配ぐらいで二枚落してあの子を負かすのが一人や二人はいるものですよ」
「そいつは耳よりの話だな。それじゃア、こうしようじゃないか。このマキを元値の二割引きで売ってやるから、東京で将棋の豆天才を探してもらいたいな。床屋の鼻たれよりも二三年下で、あの鼻たれをグウの音もでないほど打ち負かすことのできる滅法強い子供をな。しかし、なんだな。見たところは甚だ貧弱で、脳膜炎をわずらったことがあるようなナサケないガキがいいなア。この町へつれてきて、大勢の見物人の前で床屋の鼻たれと試合をさせて、ぶち負かしてやるんだから」
「それじゃア二割引きでマキを売って下さいますか。ありがたいね。モウケ仕事ですから、それでは東京へ参って、お言葉通りの豆天才を探して参りましょう。しかし、ねえ。脳膜炎をわずらったことがあるようなのが居るといいけど、こればッかりは請合えないね。ま、できるだけ貧弱そうなのを物色してつれて参りますから、マキの方は何とぞ宜しくお願い致します」
そこで天元堂は豆天才を探しに東京へでかけた。以前懇意の将棋会所を訪ねて訊いてみると、
「ウチにも少年が三人手伝ってくれているが、これはさる高段の先生から預ったものだから、私の一存で貸してあげるワケにはいかない。それに年もちょッとくッている。十二三の子供といえば、ウム、そうだ。私はまだその子供と指したことがないから棋力の程は知らないが、向島《むこうじま》にバタ屋の倅で、滅法将棋が強くッて柄の悪いのが一人いるそうだ。柄が悪いというのは、子供のくせに賭け将棋で食ってるそうだね。そういう奴だから、先生に世話してやろうという親切な人も、ひきとって育ててやろうという先生もいないが、小さいガキのくせに、力は滅法強いらしいな。この会所にもそのガキにひねられて三十円五十円百円とまきあげられた人ならタクサン来ているから、きいてあげよう」
二三の人にきき合せてくれると、いろいろのことが分った。浅草の某所に賭け将棋を商売にしているような柄の悪いのが集っている賭場のような会所があって、そのガキはそこに入りびたっていたが、今ではそこも門前払いを食わされるようになってしまったというのである。というのは、だんだんカモがいなくなってモウケがなくなったから、懐中物なぞをチョイ/\失敬する。将棋ばかりでなく万事につけて機敏で手先が器用であるから、このガキが現れるとオチ/\油断ができないので、門前払いを食わされるようになってしまったのだそうだ。
「それはまた大へんなガキだね」
「しかし、滅法強いそうだぜ。賭け将棋の商売人をカモにしていたそうだからね」
「呆れたガキだ」
「ここできくと、わかるそうだ」
その所番地を教えてくれた。天元堂がそこへ行ってみると、そこはバタ屋集団で、団長さんは頭をかきながら、
「あのガキですかい。たしかに本籍はここだがね。どこをのたくってるか、誰にも分りゃしないよ。ま、きいてあげるけどね。オーイ。メメズ小僧は、いねえだろうな? エ? いる? おかしいね。なんだって、いやがるんだろう。え? メメズ小僧ですか? あいつの名ですよ。どこにもぐってやがるか分らないから、みんながこう呼んでるんですよ。本当の名前なんぞ有るかどうか分りゃしないね。あそこが小僧のウチだから、のぞいてごらんなさい」
小僧のウチをのぞいてみると、貧相な汚い子供が、何かせッせと細工物をやってる。革の指輪に先の曲った針金をつけているのである。甚だ性質のよからぬ道具らしい。天元堂がのぞきこんでると、小僧は目をむいて、
「あっちへ行けよ」
「変った物をこしらえてるな」
「うるせえや」
「お前のところに将棋盤はあるか」
「…………」
「三十円賭けてやろうじゃないか」
「ほんとか?」
「むろんだ」
「ヘッヘ」
小僧はにわかにほくそ笑んで、天元堂を招じ入れたのである。小僧愛用の板の盤で指してみると、たしかに強い。天元堂が角を落して、三番棒で負かされた。彼と同格ぐらいのカがあるらしい。床屋の正坊なら、小僧が二枚落しても危いぐらいだ。賭け将棋の商売人をカモにしていただけあって、生き馬の目をぬくように機敏で勝負強い。タルミがない。
そのくせ、見れば見るほど、貧相である。まさしく脳膜炎の顔である。まるでナメクジのようにダラシがなく溶けそうな顔だ。シマリがない。ジメ/\といつもベソをかいているような哀れな様子である。
「造化の妙だなア。生き馬の目をぬくような機敏な才がどこに隠されてるか、とうてい外見では見当がつけられない。なるほど、これじゃア人々が油断する。賭け将棋の商売人がひッかかるのもムリがないし、彼らが懐中物をすられるのもフシギがない。生き馬の目をぬくために生れてきたような小僧だなア。一見したところ、否、ジイーッとみつめても、ナメクジよりもダラシなくのびてやがるだけじゃないか。メメズ小僧とはよく云った。ドブから這い上ったような奴だ。アッ。いけねえ。懐中物は無事かな?」
と、天元堂はハッと自分の胸を押えて、目玉を白黒させなければならない始末であった。
あつらえ向きのガキを発見したから、天元堂はよろこんだ。さッそく立ち帰って、これを金サンに報告したから、金サンも有頂天になって、よろこんだ。
「ありがてえ。はやくそのガキを一目見たいね。つれて帰ってくればよかったのに」
「イエ、それがね。つれて帰れば私のウチへ泊めなくちゃアならないでしょう。私ゃあのガキと同居するのはマッピラですよ。カッパライを働くためにこの世に現れた虫のような薄気味わるい小僧なんですよ。旦那のウチへ泊めるなら、私ゃいつでもつれてきますがね」
「それはいけないよ」
「そうでしょう。ですから今度の日曜の一番で立って、つれてきます。その手筈をたててきましたから。ヒル前には戻れますから、対局は午後からということにして、もっとも、東京行きの終電事に間に合うように指し終らなくッちゃアね。私ゃあのガキをウチへ泊めるぐらいなら、ホンモノのメメズと一しょにドブへねる方がマシだよ」
そこで金サンは隣の床屋へでかけた。
「オ。源的。そッぽを向いちゃアいけねえや。今日は話の筋があってきたんだ。オレの頭が狂っているか、お前の頭が狂っているか、実地にためしてみようじゃないか。オレが東京からガキを一匹つれてくるから、正坊と将棋をやらせてみようじゃないか。そのガキは正坊よりも二ツ年下だが、ガキの方が角をひくと云ってるぜ」
「二ツ下といえば、小学校の六年だな」
「そうだとも。もっとも、学校とは縁が切れている。脳膜炎をわずらッて、それからこッち、学校には上っていないそうだ」
「正坊に角をひくなら初段だが、小学校の六年生に初段なんているもんかい」
「東京にはザラにいるらしいや。魚河岸の帰りにちょいと見かけたものでな。オレの町には正坊てえ天才がいて、町の大人には手にたつ相手がいなくなって困っているが、ひとつ指しに来ないかと云ったところが、田舎の子供なら、ま、角を落して指してやろう。なんなら二枚落して指してやろうと、こういうわけだ」
「偉い先生の弟子なのか」
「そんなもんじゃないそうだ。しかし、きいてみると、こんなガキは東京では珍しくないそうだな。東京の偉い先生は、このぐらいのガキには見向きもしないそうだぜ。六年生で初段ぐらいじゃ、とてもモノにならないそうだ。三ツ四ツでコマを掘りはじめて、五ツ六ツでバタ/\と大人をなで斬りにして、小学校一年の時には初段の腕にならなくちゃアいけないものだそうだなア。中学二年にもなって初段に大ゴマ落してもらうようなのは、将棋の会所の便所の掃除番にも雇ってくれないそうだ。この日曜につれてくるが、角をひいて教えてもらッちゃアどうだな」
「よーし。正坊が勝ったら、キサマ、どうする。ただカンベンして下さいだけじゃアすまないぞ」
「アア、すまないとも。その折はチンドン屋を先頭に立てて、魚屋の金太郎はキチガイでござんす、という旗を立てて、オレが市内を三べん廻って歩かアな」
「よし。承知した。日曜につれてこい」
話がきまったから、金サンは牛肉屋の二階広間を予約して、当日華々しく対局を行う手筈をたてたのである。
戦おわりぬのこと
いよ/\対局の当日になったが、こまったことには、この日は少年野球の準々決勝があって、ちょうど午後の試合に長助が出場するのである。おまけに相手チームには石田という県下第一と評判の高い投手がいる。
「どうも、変だな。長助の評判が立たなくッて、石田なんてえのが県下少年第一の投手なぞとは腑に落ちないな。新聞社が買収されたんじゃねえのか。そんな筈はないじゃないか」
「ところが、そうじゃないらしいですよ。見た人がみんな驚いて云ってますよ」
金サンの店の小僧がこう答えた。
「え? なんて云ってる?」
「凄いッてね」
「凄いッて云えば、長助が凄いじゃないか」
「イエ。てんで問題にならない」
「ナニ?」
「イエ。見た人がそう云うんですよ。てんで問題にならないッてね。スピードといい、カーブといい、コントロールといい、ケタがちがうッて。町内の見てきた人がみんなそう云ってますよ。明日は町内の学校はてんで歯がたたないッてね。応援に行っても仕様がないやなんて、みんなそう云ってましたよ」
「誰だ、そんなことを云ったのは。長助にヤキモチやいてる奴だろう」
「受持の先生も、そう云ってましたよ」
「あいつは長助を憎んでいるらしいな。第一、町内の奴らには、投球の微妙なところが分りゃしねえ。長助の左腕からくりだすノビのある重いタマ、打者の手元で
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